三十路からのデスマーチ

何気ない日常がもしかしたら誰かの役に立つかもしれない。

大人になるということは、親に信頼されること

今週のお題「大人になったなと感じるとき」

 

二十年近く前に成人した私の、成人式の記憶は、着物の着付けが悪かったのか脇腹が痛すぎてとにかく早く家に帰りたいと切望し、久しぶりに会う友人たちとの歓談もせずに家に向かって帯をほどいたということです。

 

大人になったことを感じるときはどちらかというと「老い」を感じる時だといいます。

肩が上がらない、体を起こしただけで背筋と腹筋がつる、朝一番が何となく怠い、一日体力がもたない。

日々の怠慢がダイレクトに体調や体型につながることで大人になったと感じます。

 

そんな私が老いではなく大人になったと感じた時があります。

それは、コロナ禍で戻って来いと言われないこと。

 

私が大学を卒業して就職した時、家から通えることに両親は安心していました。

それは私が成人しても、子供だと認識していたからでしょう。

目の届くところに置いていないと不安だと思われていたようです。

 

私が実家を遠く離れ、一人暮らしと転職をした時に、止められはしませんでした。

私も一人で引越し業者に連絡し、荷物をそろえ、保険会社に依頼して住居も決めて、行ってきますと出て行きました。

 

そしてコロナウィルスがやってきて、私は一年以上実家に帰れなくなりました。

 

帰れないけどこれで美味しいものでも食べて、と、わずかにお金を送りました。

裕福ではないけれど、生活には困ってないよという気持ちをこめて。

 

すると数日後、両親から

「ウナギ食べました」

という、高級そうなお店でうな重を食べている写真がLINEで届きました。

 

 

 

 

え…ウナギ……?

あ、そう……。

いや、別に羨ましくなんか……ない、ことも……ない、けど……。

 

心配せずもりもりウナギを食べている両親の写真を見て、私もその日近所のスーパーで冷凍の安売りになっているウナギを買ってしまいました。

 

大人になるということは、ストゼロの味を知ることや、老いを感じることだけではなく、両親に「まぁなんとかやっていけるでしょ」と安心させることなのかもしれない。スーパーの安売りの中でも一番安いウナギを掘り起こして探しながらそう思いました。