三十路からのデスマーチ

何気ない日常がもしかしたら誰かの役に立つかもしれない。

救いはないけど光るものがある『口蹄疫から生きのびた豚』

「一瞬の希望もない104分間」と銘打たれた韓国の長編アニメ映画、それが『口蹄疫から生きのびた豚』です。

口蹄疫は感染力が強く、蔓延すれば畜産業界に経済的な大打撃を与えかねないため、治療が選択されることは基本的になく、感染した場合その対象だけでなく同じ畜舎に飼われる家畜も全て速やかに殺処分されます。

本作の主人公「豚」は口蹄疫からの殺処分を受け、生きたまま大量の豚と共に生き埋めにされますが、そこから自力で這い上がり、(おそらく)新しい薬剤が使われたこと、畜舎で自殺していた養豚場の主人に噛みついたことで異変が起こり、豚人間に変貌します。

そして豚の血が混ざった川の水を飲んでしまったことで、人間から猿のような獣になってしまった人物がいます。

軍で壮絶ないじめに遭い、首を絞められて抵抗した結果相手を刺殺して山に逃げ込んだチェ・ジョンソクです。

本作はこの二人の怪物を中心に展開していくグロテスクなダークファンタジーです。

こんなガンガゼ並みに尖った映画を、日本に持ち込んだ配給会社はMARCHさん。エモーショナルな人間ドラマを中心とした、素晴らしい作品をこれまでも公開してくださっていたのに、ここにきて温度差でグッピーが死ぬレベルの作品を持ってきました。

予告を見ていただけると分かる通り、絵面が痛々しくキッツいのですが、予告には登場しない正統派の美少女が出たりします。

本作は向上心、もとい欲望の塊の「豚」が人間になるにはどうすればいいか、人間にもっと近づくにはどうすればいいのか、と妖怪人間並みに人間になりたがった豚への、人間なんてろくでもないよというアンサーの物語でもあります。

予告を見た時に、この豚とジョンソクが力を合わせて人間に復讐する物語なのかなと予想をしていましたが、そんなスカッとする分かりやすい物語ではありませんでした。

そもそも、この二人はそれぞれが別々の問題を抱えていて、そのことで手一杯なのです。

ジョンソクの物語はとても悲しく残酷な物語です。

小学生の頃から高校生まで壮絶ないじめを受け、入隊した軍でも尊厳を踏みにじられます。ジョンソクの唯一の平穏は音楽を聴くことですが、作中で彼がどんな音楽が好きなのか、K-POPなのか、ロックなのか、クラシックなのか、一切語られません。

ジョンソクには夢も希望も居場所もなく、逃げ込んだ山でも膝を抱えて時間を過ごします。音楽を聴いて落ち着くこともできません。

一方豚は助けたイノシシに乞われて、人間になる方法を伝授します。

彼らは生き延びるために人間になりたいのです。

しかし実際は、どう見てもクリーチャー。

完璧な人間になる方法を早く教えろと猪たちに圧をかけられ、追い詰められていく豚。

最初はコミカルでどこかほほえましかったのに、段々ギスギスして内輪もめが始まるのがとても人間らしい。

元々富士の樹海も真っ青な自殺の名所だった山ですが、殺人事件をやらかして装備一式持ち逃げした兵士だけでなく、クリーチャーがいることが人間に知れ渡り最終的に韓国軍が投入されるのです。

地獄のような山で、韓国軍VS口蹄疫から生きのびた豚から感染して生まれたクリーチャーとなるわけです。

果たして豚は人間になれるのか。そしてジョンソクの運命は。

是非とも劇場で確かめていただきたいです。

 

以下ネタバレ

見た目が獣となったジョンソクの前に現れる、ユ・ジウンという名の自殺志願者の女性がいます。

彼女はシルヴィア・プラスの詩集を携え山に登り、美しい顔を泥で汚したまま首を吊ってしまいます。

ジョンソクは自分と歳の近いその女性が自ら命を絶ったのは何故なのか、彼女の身にどうしてそんなことが起きてしまったのか、無意識に考えていたのでしょう。

観客は、ジョンソクとジウンの美しい交流を観ることができますが、自殺しに来た女性がこんな怪物と一緒に過ごすことを選ぶのか、という疑問がどこかぬぐえません。

そしてその答え合わせが出て来た時、やはりこの映画にはそんな都合のいいことは起きないのだ、という納得になります。

本作の結末は登場人物の約9割が生きのびることができなかったという救いのない物語ですが、ジョンソクの行動にはどうしても、捨てきれない情や善性がにじみ出ています。

話したこともない、自分の存在すら知らないであろうジウンの最期の望みをかなえるために、彼女の身体を荼毘に伏し、かつて自分の後輩だった青年の助けを求める声に苦悩しながらも助ける方を選ぶ。

今まで生きてきて何も良いことがなかったと言い、平穏を与えてくれる音楽を聴くことも失くしたジョンソクの底に残ったのが、誰かを助けることだというのは、彼が獣になりたくてもなれなかったことの答えはこの善性なのではないかと思えました。

 

 

 

 

 

今も昔も変わらぬブラック企業の歯車の物語「長安のライチ」

ライチはもいでしまうと4日で腐敗すると言われ、現代では冷凍ライチはバイキングの定番ですが、生のライチを食べた経験のある人は、日本では少ないかと思われます。

そんなライチを楊貴妃のお誕生日のため、数千キロ離れた仕事を任された人がいました。

飛行機も冷蔵庫もない時代にです。

失敗すれば家族もろとも死罪です。

そんな理不尽な難題を押しつけられた、下っ端役人を主人公にした映画が「長安のライチ」です。

本作、大ヒット映画「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」の信一役、テレンス・ラウ氏が出演しているとのことで「ほなみてみるか…」とほいほい観に行った者を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして、「テレンス・ラウも良かったけど普通に映画として最高だった…」と言わしめた映画です。

本作の良さは、下っ端役人としてサービス残業をさせられて、官僚同士のいざこざでもみくちゃにされて、美人の奥さんと可愛い娘さんと離れ離れになり、髪が白髪になるほど心痛を重ねた主人公が、自分を馬鹿にした役人達の先頭に立つようになるサクセスストーリー、だけではありません。

異国の地で出会った仲間たちと協力し合い、無理難題を解決していく胸が熱くなる展開という主人公目線と、社会の歯車として懸命に働く主人公が、自分が頑張った先に犠牲にしていたのは何だったかを気づくという、大きな歴史のうねりに巻き込まれる人々の物語でもあります。

お仕事物としては成功しているのに、ちっとも喜べない。

しかし、そんなやるせない時代でも、人は肩を組んで笑い合い、協力し合い、大きなことを成し遂げたのだと希望の見える映画でもあります。

 

【2025年マイベストホラー映画】ミッシング・チャイルド・ビデオテープ

「ミッシング・チャイルド・ビデオテープ」

「女優霊」を人生のベストホラー映画にしている私にとって、こういうのが観たかったんだとエンディングで拍手をしたくなった邦画ホラー映画です。

主人公兒玉敬太は、十三年前に自分の目の前で弟が失踪した事件に囚われ続けていて、休みの日はボランティアとして遭難者を探しています。

勤め先のスーパーでも迷子がいなくなれば、自分の家族のように真剣な、鬼気迫るような表情を見せます。

兒玉敬太の同居人、天野司は霊視ができる力を持っています。本作ではホラー演出で明確に彼が見えているものが観客にも見えるシーンはほぼありません。

そんな力があるせいか、敬太に優しく弟を探すことは諦めるよう諭し、彼が弟と同じ世界に行ってしまわないように見守っています。

敬太と司の関係は、不安定な敬太を司が引き留めているようであり、敬太も司の存在が自分にとって大切な存在だと認知しています。

二人の関係は本編では「同居人」以上に明かされることはありませんが、二人の間には互いを大切だと思っている絆を感じます。

 

ミッシング・チャイルド・ビデオテープはひたすら引き算の映画です。

振り返ったら血まみれのゾンビが出てきたり、テレビから怨霊が出てきたり、宿屋でしっぽりしていたら斧を持った殺人鬼がやってくることはありません。

ミッシング・チャイルド・ビデオテープの黒幕は、ひたすら待っています。時に好奇心で、時に行楽で、時に大切な人を探すためにやってきた人たちを待っています。

何故彼らが選ばれたのか、何の目的があるのか、まったくわかりません。

しかし確かに存在しているのです。

監督は明確に名言をしていませんが、本作の黒幕の正体は、最も日本で恐ろしい存在だと察することができます。

彼らは国によっては唯一の存在ですが、日本にはそこかしこに存在しています。

人間には計り知れない存在として、主人公の弟を連れ去ってしまったのです。

映画のエンディングは静かな曲調と、スタッフロールの終わりには子供たちがかくれんぼをしている声が聞こえます。

その後の余韻が素晴らしい。

何も解決していないし、恐怖は残ったまま。むしろ犠牲者はまた増え続けているようにも思えるその結末の余韻が最高に、悍ましくて、これを劇場で観ることができたことが奇跡のように思えました。

唯一残念なことは、DVD化されていないことです……。

もう一年経とうとするけど、DVDの話が全くでない……角川なのに……。

 

「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」

かつて香港に実在した巨大スラム街、九龍城砦。その存在は取り壊された今も多くの人をひきつけます。

私もどこからともなくその存在は知っていましたが、特に思い入れはありませんでした。

それが一つの映画を観たことにより、自らパスポートを申請し、ホテルと飛行機を手配し、自力でその跡地となった九龍城塞公園まで行くことになるとは、去年の今頃は思っていませんでした。

「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦

本作は80年代香港を舞台にした物語です。

主人公、陳洛軍は香港で暮らすための身分証を得るために、違法な賭け試合で傷を負いながら戦っていました。

賭けの元締め大ボスを演じるのがサモ・ハン・キンポー……サモ・ハン・キンポー!?香港のアクション映画で知らぬ人はいないサモ・ハン・キンポー!??あ…でもアクションは無理かな……でも貫禄はめちゃくちゃあるな……。

そんな風に噛みしめていると、サモ……ではなく大ボスからお金を巻き上げられた洛軍が大ボスの荷物から袋を一つ掴んで逃げました。

大ボスの号令で猟犬のように飛び出す部下(ロン毛)達。その中にひときわ速いひげ、サングラス、のロン毛がいます。

え? この人動ける人なの?と度肝を抜かれます。

てっきり、部下に命令してケヒャケヒャ笑っているだけの小者だと思ったのに。最後尾から最前列に飛び出し洛軍が駆け込んだバスに追いつき、しかも素手でバスに穴を開けます。

おい、このロン毛強いぞ!と心の中でワクワクドキドキしていると、ついにお出ましです。九龍城塞。

禍々しくも神々しくもあるそのたたずまい。そしてどこか、洛軍を歓迎しているような雰囲気があります。

九龍城塞は大ボスとは別の人の縄張りのため、大ボスの部下は追いかけることができません。

洛軍は一息つき、荷物を開けてたくさん詰まった白い粉の入った袋を見てがっかり。お金じゃないので、これをなんとか換金しないといけません。幸い九龍城塞にもお薬を扱っている場所があるようなのでそこに行くことにします。

しかしシマ荒らしと思われて今度は城塞内の人から追いかけられる始末。

狭い道にバイクで突っ込まれます。

ゆるふわパーマの怖いあんちゃんにナイフで刺され、その辺にあったトタンをDIYして迎え撃つも歯が立たず、なんとか逃げ込んだのは美容院。

そこでパーマ中のおばちゃんのさらに奥にいた美容院の店主に剃刀を向けて、追いかけてこないでほしいことを伝えます。

しかし観客は、追ってきたあんちゃん達がおいおい、あいつ終わったわwwwという表情をしていることに気づきます。

時すでに遅く、洛軍が人質に取った美容師店長は洛軍の肩の関節を外してトルネードパンチをお見舞いしました。

この映画強い人しか出てきません。

何とか命までは取られず、美容師店長の右腕のあんちゃんに失せろっと言われ、肩の関節を外される程度で済んだ洛軍でしたが、九龍城塞を出ようとしたところ警察に出くわし、また九龍城塞の奥へ奥へと迷い込んでしまう始末。

九龍城塞を取り締まる人たちにとっては洛軍は厄介者ですが、そこに住む住民にとっては迷い込んだ子猫のようなもの。

温かいご飯を差し出すおばさん、ジュースを分けてあげる子、そして困っている洛軍を見かねて「龍捲風を訪ねると良い」と行先を示してくれるNPCのように親切な人。

赤い格子を目印にたどり着いた洛軍は、そこで目撃したのは自分の関節を外した美容師。

思わずずっこけます。

しかし行き場のない洛軍を見かねた龍捲風は洛軍を九龍城塞に匿うことにするのです。かくして、洛軍は数奇な運命のもと、九龍城塞に戻ってきたのです。

そう、戻ってきたのです。自分の出生の秘密も知らずに。

本作は九龍城塞を舞台にしているため、終始薄暗いのですが、そこでの人情ドラマが温かいため夕暮れ時のアパートのような優しい明度を保っています。

冒頭登場する九龍城塞は死神のように禍々しく洛軍を誘っているようにも見えるのですが、中盤訳あり九龍城塞を出た洛軍が再びもどってきたときには優しく歓迎しているようにも見えるのです。

九龍城塞そのものがキャラクターの一人のように洛軍に寄り添っているように見えます。

本作の主人公陳洛軍の誠実で真面目で、見た目は日焼けした坊主頭でうっすらひげのある成人男性ですが、界隈ではちいかわと呼ばれ愛されています。どちらかというと栗饅頭先輩寄りの外見ですが、一生懸命なところ、仲間想いなところ、どんなときでも諦めないところ(一回を除いて)等々王道ストーリーの主人公です。

彼を中心に仲間が集まり、九龍城塞を巡る戦いが勃発します。

その戦闘も苛烈なのですが、え!この人戦える人なの!!???という驚きが押し寄せます。

そう、予告にもあるようにサモ・ハン・キンポーが戦います。

強いです。

戦わないでほしいです。

強すぎるので。

そして物語は思いもよらない方向に転がって行き、最後は冒頭から予想ができない方向に着地します。

人間ドラマもアクションも舞台もすべてが素晴らしい映画、それが「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」なのです。

 

 

以下あまり関係ない話

本作を見た後、元の俳優さんの素材を横に置き、演技力に特化させたことを知りとても驚きました。

陳洛軍を演じたのはレイモンド・ラム(林峯)さん。検索した写真を見た人は「こんな白百合のような人を坊主頭にして日焼けさせたの!?」と驚き、界隈では陳洛軍そっくりさんコンテスト書類選考落ちと評されます。

そして同じく、元の俳優さんと並べてなんでこんなさわやかな好青年に髭とロン毛を付けてケヒャリストにしたの!?と言われるのが王九を演じたフィリップ・ン(伍允龍)さん。監督曰く、一番強い役なので武術師範と俳優を兼任しているフィリップさんを選んだとのこと。ほなしゃあないか…。とファンを納得させました。

インド映画界の新バイオレンス映画「KILL 超覚醒」

私の初めてのインド映画は『RRR』です。日本でメガヒットを樹立し、応援上映IMAXで何度かリバイバル上映をしている、インド独立の英雄をラージャマウリ監督独自の視点で描いた熱い魂の映画です。

『RRR』を観た後、私の映画ライフは大きく変わりました。

インド映画が初めてのオールナイト上映になるとは思えませんでした。

インド映画のイメージ=きらびやかでなんか踊っている

から

インド映画のイメージ=熱い魂、偉大なる母への敬愛、祖国への忠誠、決して折れぬ魂、おいしいインドご飯、愛しい人への清らかな愛情、神格化される主人公、神の如く奮われる拳、悪逆非道なる悪鬼を殲滅する勧善懲悪な物語

に変わりました。

これは余談ですが、『映画クレヨンしんちゃん 超華麗!灼熱のカスカベダンサーズ』を観た時に、主人公の母みさえが、出身地と両親の名前を口上し、謎のインドパワーでお玉で敵をなぎ倒した瞬間に、この映画本当にインド映画だ!と驚きました。

そんなインド映画から新しいバイオレンス映画がやってきました。

KILL 超覚醒

名前からして物騒です。

インド映画は地方によって作風が別れ、日本でも北野監督や三池監督のようなバイオレンスな作風から福田監督や九藤監督のようなコメディの作風で有名な監督がいるように、歌やダンスが挟まれる作風から、歌もダンスもなくバイオレンス一本な作風があります。

『RRR』は話題になったナートゥを踊るシーン以外にも、ショッキングな暴力シーンがあり、特に冒頭にある攫われる少女マッリの母、ロキがイギリス人兵士に棍棒のような木の枝で殴られるシーンに洗礼を受けた人が多いかと思います。

『KILL 超覚醒』は原題は超覚醒の部分はありません。KILLだけです。そう、本作は「殺す」ということを掲げた映画です。

冒頭、任務を終えてスマホを手に入れた主人公アムリトは、恋人トゥリカから父親に無理やり婚約させられたことを知り、駆け落ちしようとします。しかしトゥリカは、互いの身の安全を優先し、今はまだその時ではないと断ります。

アムリトはトゥリカの意思を尊重して駆け落ちをすることは諦めます。一緒に来ていた親友の大尉ヴィレシュは、やれやれ仕方がないなと呆れます。

ここで駆け落ちしていればよかったのに、という観客の気持ちを知らず、寝台列車に乗ってしまうのです。

その列車に、強盗一家、ならぬ強盗一族40人が乗ってくるとは知らずに。

インド映画をいくつか観た私は、この後二人が一緒に山の草原とか海辺にいるMVが流れたりなんかして、アムリトの健闘を目の当たりにしたお父さんもアムリトのことを認めてくれて、強盗は全部捕まえて、二人はハッピーエンドを迎えてほしいなぁと思っていたのです。

 

でも、そうはならなかった。

ならなかったんだよ。

だから、この話はここでお終いなんだ。

 

『KILL 超覚醒』のタイトルが出る瞬間は、アムリトが超覚醒する瞬間です。映画史に残してほしいほど秀逸なタイミング。

個人的には『RRR』にも勝るとも劣らないほど、最高で最悪なタイミングで表示されます。

観客に、これはハッピーエンドなラブストーリーではなく、殺戮の映画なのだと伝えてきます。

あることをきっかけに超覚醒したアムリトは「なにも殺すことはなかった…」と言っていた職業、軍人だったのに、「やつらは全員この列車から降りるだろう、死体になってな。」というインド映画おなじみの殺意マシマシなスタンスに変わります。

超覚醒とかふざけた言葉で流していい状況ではないのです。

骨を折る、関節を外す、脅す、やむを得ず刺す程度にしていたアムリトは、完全に命を取る方向に転換していきます。

殺した強盗の死体を吊る様は、まるでホラー映画のスラッシャーのよう。

奇しくも、『KILL 超覚醒』が上映開始した少し前には、ホラー映画の人気作『プレデター』シリーズの最新作『プレデター バッドランド』が上映開始しました。

プレデター バッドランド』は人間の代わりにアンドロイドを使用していたため、どんなに破壊しても血や臓物が飛び散ることはなく、全年齢閲覧可能な作風だったため、アムリトの方がプレデターしていたわけです。

インド映画は主人公が悪役をばったばった切り捨てるときに、主人公を称える歌が流れたりするのですが、本作はそんなことはなく、人が死ぬときには悲し気なBGMが流れます。悪役の中でもヘイトを貯めまくったファニという、本作一番の醜悪な悪役(演じるラガヴ・ジュヤルの顔が良く演技力が高すぎて一層ヘイトを貯める)の成敗シーンですらそのBGMが流れていました。

バイオレンスインド映画の華、暴力すら主人公の賛美とせず、ただ殺すことに重視を置いているのです。

これはもうインド映画ではなく、バイオレンス映画、人体破壊描写大好きな層に刺さる映画です。

インド映画?踊るやつでしょ。と思って忌避してしまうにはもったいない。バイオレンス映画大好きな人にぜひとも観てほしい作品です。

そして、『プレデター バッドランド』でものたりないな…と思った方に、ぜひともプレデター部分を補うために観てほしい作品です。

 

 

 

 

 

 

テディベアとユニコーンの凄惨な戦い「ユニコーン・ウォーズ」

スペインが誇る鬼才、アルベルト・バスケス監督が生み出した、可愛いテディ・ベアと可愛いユニコーンが血で血を洗う凄惨な戦争の物語。それがユニコーン・ウォーズです。

ユニコーン・ウォーズ 公式サイト (unicornwars.jp)

テディベアとユニコーンは女児の好きなぬいぐるみという好感度の高いイメージがります。しかしバスケス監督は、そんなキュートなイメージのあるキャラクターで地獄〇黙示録を作り上げました。

仲間を探しに森に入ったテディベア部隊がムカデを貪りハイになったり、毒で足が虹色になったりしながらなんとかたどり着いたのは蛆の湧く地獄絵図。

襲ってきたユニコーン達に部隊は壊滅状態に。

地獄の戦場で引き裂かれる双子のテディベアに訪れる予想外の結末。

PG12なので全人類とは言えないけれど、できるだけたくさんの人に観てほしい。上映館が少ないのがもったいないほど面白い作品です。

マッドマックスシリーズの最新作「フュリオサ」や、アカデミー賞で話題になったアウシュヴィッツのお隣に住む家族の物語の「関心領域」等、同じ時期に公開される映画がとにかく話題作ばかりなので、難しいけれどどうにか上映館を拡大してほしい。


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ユニコーン・ウォーズは人類ではなくテディベアが文明をもった世界で繰り広げられます。主人公アスリンは優秀な一番の男になることを目標に軍隊で日々訓練に励むテディベアです。

ちなみにアスリンは自分の上にいるやつを消せば上に行けるというタイプです。自分より人望があり、優秀な部隊長ココに対する憎悪と嫉妬の眼差しがすさまじい。テディベアがしていい表情じゃない。

そんなアスリンの兄、ゴルディはやや肥満でどんくさいテディベア。アスリンはそんなゴルディをみっともないと言い、陥れながら、他人がゴルディを馬鹿にするとゴルディを庇います。

DV支配する人の典型的だという批評をパンフレットで読んで、納得しました。

ゴルディは周りから馬鹿にされていますが、弱音を吐かず自分にひどいことをした兵士の傷の手当てをしたり、森で出会う動物にブルーベリーパイを分けてあげる等ディズ〇ープリンセスのような優しさを持っています。

というかゴルディはこの地獄の映画の中で数少ない善性の持ち主です。

 

監督曰く、本作は相反するものを描いた構図になっているとのこと。

テディベアたちはすべて男性ですが、ユニコーンは女性。

文明を持ち、重火器で森を燃やすテディベアに対し、ユニコーンは森を蘇らせる力を持ち、森を守ります。

そしてアスリンとゴルディ。

アスリンは父親から、母が浮気をした(自分以外の男性を選んだ)ことを伝えられ、お前は選ばれる側になれ、尊敬される存在になれと歪んだ男性像を植え付けられます。

アスリンの歪みは父から植え付けられた価値観、そして母の浮気現場を目撃したことによる痛みが形成しているように見えます。

アスリンはゴルディは要領よく母からの愛情を独占していたと思い込んでいます。

しかし本作を見る限り、浮気をした母を嫌悪し手を振り払ったのはアスリンです(幼少期の親からの裏切りなのでやむを得ないでしょうが)。

そして二人の父は、兄弟を平等に可愛がっているようには見えないのです。

生まれたばかりのアスリンだけを抱えていく父、初めての任務で森に向かう息子たちに、明らかにアスリンへ大きなブルーベリーパイを渡し、ゴルディには一切れだけ渡します。

ゴルディが肥満だから気を使ったのかもしれないのですが、自分を裏切った妻にゴルディは似ているから、どうしても愛することができないとも察することもできます。

母の死後、そんな複雑な心境の父の元で育ったせいか、ゴルディはやや自分に自信を持てずにいられるようです。

アスリンとゴルディの人格形成に、両親の存在がちらちら見えてくるのもまた生々しいのです。

 

本作の一番大きなメッセージはいかに戦争が愚かで無意味なものかという反戦のメッセージです。

二人の所属する軍には奇妙な宗教があります。

最後のユニコーンの血を飲んだものは永遠の命と美しさを持つことができるというものです。

アスリンは牧師から聖典を貰い、それをずっと持っています。

ほとんどのテディベアは慣習的なものとしか感じておらず、熱心な信仰を持っていません。

ただ、心が弱った時に宗教という存在は力を発揮します。牧師に対して反抗的だった軍曹が自分の判断ミスから部下を失い、嫌悪していた宗教にすがるようになります。

アスリンも戦争で傷つき、その言い伝えに傾倒していきます。

テディベア軍の上層部は、ユニコーンから森を取りもどすという名目を抱えていますが、実際は大きな成果を上げておらず進軍をする気もありません。

彼らは自分たちの贅沢のためだけに軍を存在させています。

兵士を育てる気もなく、テディベアたちは過酷な特訓をさせられていますが、戦争物にありがちな「老兵」のような存在がいません。

顔に傷がある兵士はいますが、隻眼や隻腕、ユニコーンとの死闘から生き延びたと思わせるような兵士は見えません。

大してユニコーンは、身体に傷を多く持つ戦士がいたりと、テディベアとの戦いで勝ち続けたことを感じさせます。

ユニコーンとテディベアとの戦力の差は、進撃の巨人の巨人と新兵たちくらいの差があるように感じます。

 

上層部は役立たず、敵は強く、そんな戦場に投入された複雑な愛憎を抱くテディベア兄弟。アニメでなければ凄惨すぎるか、いっそB級に全振りした安っぽい映画になるところです。

SNSでは「スペイン版ち〇かわ」とも評されています。

お?と思った方は是非とも本作を観てください。「ちい〇わ」に内臓と血液と男性器を足しグルメを引いたのが本作です。

個人的にはハッ〇ーツリーフレンズよりもちいか〇に近いと思いましたし、ちい〇わの原作者の方が許してもフジテ〇ビが絶対許さないだろうし訴訟も辞さないだろうことがうかがえるので、配給会社さんが無難にハッピーツ〇ーフレンズを例えに出したのもうなづけます。

 

また本作、監督が以前作ったユニコーンブラッドという短編が元になっています。

その作品でも兄弟のテディベアが出てきて話の本筋は同じです。

しかし本作はより、わかりやすく「聖書」に近いです。

猿たちがどんなに肉を捧げても不完全な怪物だったそれが、アスリンとゴルディという善と悪を飲み込んだ瞬間に形を持ったのは人間の二面性を表しているようで気が滅入ります。

 

試写会のインタビューで「あれはジブリのオマージュですか?」と聞かれた時に「僕らオタクはジブリの呪縛から逃れられない(意訳)」とジブリに対する熱い思いを吐露してくれた監督。

ユニコーン・ウォーズを見たこっちがバスケス監督の作品を渇望してユニコーンの血の前で涎を垂らすアスリン状態です。

バスケス監督の他の作品をユニコーン・ウォーズの配給会社リスキットさんがなんとか日本でも公開してくれないかなと願わずにはいられません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偶然運転を任せたドライバーがSSRだった「囚人ディリ」

囚人ディリ。2019年のインドで作られたタミル語アクションスリラー映画です。

タイトルから囚人が出てくるんだろうな、脱獄ものかな、囚人のディリさんという人が出てくるんだろうな、とその程度の気持ちで見る気になったのは、インド映画ファンの方々が「囚人ディリが日本の劇場で観れるぞー!!」と沸き立っていたからです。

インド映画はRRRとバーフバリとK.G.F1.2とバンバンくらいしかまだ観ていない私に果たしてついていけるのか、と心配になりましたが杞憂でした。

というのが、観た時がいわゆる応援上映型式だったからです。

しかもチェンナイスタイルという声出しNGで太鼓や鈴、タンバリン等の鳴り物はOKというスタイルだったので注目すべき俳優さんが登場した瞬間に盛大に周りから音が鳴るので、「この人は一見さえないおじさんに見えるけど要チェックな人なんだな」と心構えができたのです。

 

囚人ディリは、孤児院から始まります。

身寄りのない少女アムダちゃんが孤児院の人に呼ばれて、明日貴方に会いにお客さんが来ますよと伝えられます。

両親はおらず、引き取ってくれる親戚もないアダムちゃん。誰だろうと思いながらお友達に「余所行きの服を用意した方がいいよ」と勧められて、可愛いワンピースを用意します。

場面は変わり、マフィアや麻薬を押収する刑事の場面に代わります。

そしてさらに、麻薬をかすめ取られて激オコなマフィアの場面に代わります。

中々出てこない囚人ディリさん。

大量に麻薬を押収してお祝いムードの警察官たち。おいしい料理を宅配でたのみ、お酒も飲み、どんちゃん騒ぎです。しかしそこに交じっていたマフィアのスパイがお酒に薬物を混入。腕を負傷し痛み止めを飲んでいたビジョイ警部のみ。

警察官たちがどんちゃん騒ぎで酒を飲んで昏倒などマスコミに知られてはいけないと警察長官の「誰にも知られないように事態を処理するように」という命令を受けてビジョイ警部はどうしようと焦ります。

ビリヤニ店のトラックに警官を積み込み、病院に行くにはどうしたらいいか。ドライバーが必要です。

そこではっと気づくのです。

うろついていた怪しい男が警察のジープにつながれているのです。

ビジョイ警部が「運転はできるのか」ときけば「できる」と答えたその男こそ、本作のタイトルにもあるディリでした。

鳴り響くタンバリンの音と共に登場したディリを見て、囚人じゃない!と思わず突っ込まざるを得ませんでした。

厳密に言うとディリは元囚人。十年の刑期を終えて急いでいかなければならない場所があるのです。

そう、孤児院にいる自分の娘アムダちゃんを迎えに行かなければいけないのです。

酔っぱらった警察を運ぶなんてことにかまっていられないのですが、ビジョイ警部も崖っぷち状態。お前をまた逮捕してもいいんだぞと脅して、なんとか運転をしてもらうことになりました。

余っていたチキンビリヤニをディリがむしゃむしゃ食べる飯テロシーンをはさみ、ディリを運転手に、ビリヤニ店の青年カマチをカーナビに、ビジョイ警部補は「誰にも知られないように事態を処理する」ために警官を積んで病院に向かいます。

一方その頃、麻薬を押収した警察本部にはマフィアが向かっていました。

ビジョイ警部がマフィアが来るから近隣の警察を呼んで迎え撃つように頼んでいたのに、応援を呼ぶことができなかった警察本部には留置所に入っている犯罪者、飲酒運転で取り調べ中の大学生たちとその恋人を迎えに来た女子大生、そして転勤したばかりで事情もよくわからないナポレオン巡査。
果たしてこの地獄の様な一夜を彼らは乗り切れるのか。

そしてアムダちゃんはお父さんに会えるのか。

 

本作、主人公のディリが寡黙不愛想で最初は渋々嫌々ハンドルを握っているのですが、誰が会いに来るのか気になったアムダちゃんから電話があった瞬間、父親の顔になります。

そして娘に会わなければならないという気持ちバフがかかると、ルンギをひるがえしながらマフィアたちをバッタバッタとなぎ倒す戦士になるのです。

マフィアの集団に対して恐れることなく戦うディリを見て、ビジョイ警部もカマチも、そして初見の観客も「この男、何者なんだ」と恐れおののくわけです。

マフィアにとっては得体のしれない怪物のようなディリですが、娘の前だと一人の父親に戻ります。

マフィアの襲撃で電話を中断させられ、かけなおすも孤児院のスタッフさんに怒られる姿が本当に弱弱しい。頼み込んで写真を送ってもらい、娘の写真を見て泣きながら笑う彼が、どれほど娘が大事か伝わってきます。

そんなディリと同時に進行していくのが、警察本部で籠城戦を強いられたナポレオンたちの物語。彼は一見冴えないおじさんに見えますが、大学生を率いてマフィアの軍団と戦わなくてはいけない絶望的な状況で、最後まで心折れずに戦い抜くのです。

この映画、一本でカーアクションものと、籠城戦ものが同時進行していくのです。

どちらも一本の映画として成立するくらい面白いのに、贅沢すぎます。

マフィアと警察のどんぱちものに、巻き込まれた一般人、そして父と娘のドラマの入った本作。ルンギの翻るアクションがあまりにもかっこよすぎて、公開時期の短さ、劇場の少なさがもったいなさすぎる作品でした。