三十路からのデスマーチ

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世界を変えた科学者の苦悩の物語「オッペンハイマー」

クリストファー・ノーラン監督の最新作、「オッペンハイマー

実際に存在していたオッペンハイマー博士を主人公にした本作は、公開前からは日本ではいろんな意味で話題になりました。

何故か。

日本の歴史の授業で必ず登場する、原子爆弾の生みの親と言われている人だからです。

原子爆弾と言えば世界で唯一日本でだけ使用された兵器であり、広島と長崎に莫大な被害を与え、多くの人の命を奪った兵器であります。

核兵器は創作で軽率に使用されますが、史実をもとにしているため、重みが違います。日本では特に。

かつてアメリカのとある会社が「何でもない日おめでとう!」とSNSで投稿したのが長崎に原爆が投下された日だったため、日本ではとても大きな話題になりました。

また、あるアーティストの着ていた服が原子爆弾が投下された時に立ち上ったキノコ雲の写真がプリントされていて日本のファンの間で炎上しました。

そしてこのオッペンハイマーアメリカで公開された時に「バービー」という映画と二大ヒット作品になったため、バーベンハイマーというネットミームが登場時、日本のSNSでかなり話題になり、オッペンハイマー絶対見ないと宣言する人が多数いました。

核兵器はともかく、原子爆弾を茶化すことに日本では許されざる行為なのです。

 

かくいう私は、義務教育で反戦教育を学んでいたため、科学者の苦悩という作品の本筋よりも原子爆弾の重みに映画として楽しむことができないであろうと思っていました。

しかし、インターステラーを見た時、クリストファー・ノーラン監督の作った世界を変えてしまった科学者を主人公にした映画ならば、少なくとも誠実なつくりなのではと思い、ノーラン監督を信じてみました。

 

前置きが長くなりました。

観た感想としては、原子爆弾の存在がなければもっと夢中になっただろなと思いました。

オッペンハイマーは少し難解な構成になっています。

そして登場人物も多いです。

事前に公式ホームページで名前を把握し、オッペンハイマーのたどった人生を頭に入れておかないとなにがなにやらわからなくなります。

私は「これはオッペンハイマーの過去と今をいったりきたりする構成なんだな」と思っていると、実はもう一つ仕掛けがあってすべてがつながった瞬間はなかなかに衝撃でした。

そしてキリアン・マーフィーの演じるオッペンハイマーの顔が良くて、散々不倫を繰り返しているのに(キリアン・マーフィーの顔だからな…)と黙らされてしまいます。

オッペンハイマーの計画を進めていくときの生き生きとした表情から段々と暗く重い表情に変わっていく表情の変化が素晴らしい。

 

 

本作、原子爆弾の人的被害が視覚的には登場しません。

セリフに出てくるだけで、原爆資料館にあるような凄惨な画像や作ろうと思えば作れるであろう、惨状の光景が全く挟まれません。

せめて一瞬画像をはさんでもいいのでは?という気持ちと、これは原子爆弾ではなくオッペンハイマーの物語だ、惨状を知った彼の後悔はキリアン・マーフィーが演じているので十分伝わるだろうという気持ちが心の中で殴り合っているのです。

そして世界を変えるほどの兵器がどのようにして日本に落とされることになったのか。

普段なら胸が熱くなる、プロジェクトの進め方や、時間と莫大な費用をかけたプロジェクトが成功した瞬間が、まったく感動しないのです。

劇中で熱い議論を交わす科学者たち、徐々に完成していく兵器、大成功を収めた瞬間の喜び、全部悍ましいものに見えます。

ナチスに先に作らせるわけにはいかないと始めた兵器。しかしヒトラーが自殺してしまいドイツは降伏寸前。すると今度は日本に落とす計画に代わりました。

日本は決して降伏しないと言われて、当時脱出することのできない戦闘機で体当たりを行っていたことを思い出し、何とも言えない気持ちになります。

もしも自分が逆の立場だったら、莫大な時間と費用をかけたプロジェクトが成功して、しかもそれが戦争を終わらせるものだとしたら、喜ばずにいられるか。むしろ誇らしく思うのでは。

自分が落とす場所を決められるわけではないけど、政府の偉い人たちが真剣に考えて、必要な最小限の被害の場所に使うはず、と責任を放棄してしまうのでは。

広島と長崎にどんな被害が与えられたのか知っている今ではなく、アメリカで生きようとしている科学者の一人として、縁もゆかりもない日本の被害をどれだけ気にかけられるのか。

 

本作は決して原子爆弾を肯定する映画ではありません。

しかし本作を見て、あれだけ人を殺した兵器が使った国、使われなかった国からすれば「世界を変える力の象徴」として開発が進んだ事実がとても悍ましいと感じます。

一人の科学者が歴史と大きな力に翻弄される映画としては文句なしの作品ですが、あまりにも大きなメッセージ性に当分頭が支配されそう。しかし、ノーラン監督ファンならきっと、楽しめるかと思います。

 

※以下本作とあまり関係のない感想。

 

オッペンハイマーの人生についてほとんど知らなかったため、浮気三昧をしていたことに「こいつ最低だな!!」と心中で思わず叫びました。

そしてミッドサマーでご存じになったフローレンス・ビューがオッペンハイマーの心をかき乱す謎めく美女として登場。

さらに驚くことにキリアン・マーフィーとフローレンス・ビューのR15シーン。

日本ではビッグネームの役者さんたちの乳首を拝むことなんてほぼないのに、(特に女性)こんなに軽率に二人の全裸を見ていいのかと混乱しました。ボーはおそれている以来の全裸だ!ととにかく宇宙猫顔になっていました。

IQの高そうな濡れ場が展開されて、これ本当に史実なんですか? オッペンハイマー(本物)の残した苦悩に満ちた言葉がこんな濡れ場で出てくるんですか? どこ情報なんですか? とオッペンハイマーもこんな目に遭うなんて予想できなかっただろうなとしみじみしました。