三十路からのデスマーチ

何気ない日常がもしかしたら誰かの役に立つかもしれない。

テディベアとユニコーンの凄惨な戦い「ユニコーン・ウォーズ」

スペインが誇る鬼才、アルベルト・バスケス監督が生み出した、可愛いテディ・ベアと可愛いユニコーンが血で血を洗う凄惨な戦争の物語。それがユニコーン・ウォーズです。

ユニコーン・ウォーズ 公式サイト (unicornwars.jp)

テディベアとユニコーンは女児の好きなぬいぐるみという好感度の高いイメージがります。しかしバスケス監督は、そんなキュートなイメージのあるキャラクターで地獄〇黙示録を作り上げました。

仲間を探しに森に入ったテディベア部隊がムカデを貪りハイになったり、毒で足が虹色になったりしながらなんとかたどり着いたのは蛆の湧く地獄絵図。

襲ってきたユニコーン達に部隊は壊滅状態に。

地獄の戦場で引き裂かれる双子のテディベアに訪れる予想外の結末。

PG12なので全人類とは言えないけれど、できるだけたくさんの人に観てほしい。上映館が少ないのがもったいないほど面白い作品です。

マッドマックスシリーズの最新作「フュリオサ」や、アカデミー賞で話題になったアウシュヴィッツのお隣に住む家族の物語の「関心領域」等、同じ時期に公開される映画がとにかく話題作ばかりなので、難しいけれどどうにか上映館を拡大してほしい。


www.youtube.com

 

ユニコーン・ウォーズは人類ではなくテディベアが文明をもった世界で繰り広げられます。主人公アスリンは優秀な一番の男になることを目標に軍隊で日々訓練に励むテディベアです。

ちなみにアスリンは自分の上にいるやつを消せば上に行けるというタイプです。自分より人望があり、優秀な部隊長ココに対する憎悪と嫉妬の眼差しがすさまじい。テディベアがしていい表情じゃない。

そんなアスリンの兄、ゴルディはやや肥満でどんくさいテディベア。アスリンはそんなゴルディをみっともないと言い、陥れながら、他人がゴルディを馬鹿にするとゴルディを庇います。

DV支配する人の典型的だという批評をパンフレットで読んで、納得しました。

ゴルディは周りから馬鹿にされていますが、弱音を吐かず自分にひどいことをした兵士の傷の手当てをしたり、森で出会う動物にブルーベリーパイを分けてあげる等ディズ〇ープリンセスのような優しさを持っています。

というかゴルディはこの地獄の映画の中で数少ない善性の持ち主です。

 

監督曰く、本作は相反するものを描いた構図になっているとのこと。

テディベアたちはすべて男性ですが、ユニコーンは女性。

文明を持ち、重火器で森を燃やすテディベアに対し、ユニコーンは森を蘇らせる力を持ち、森を守ります。

そしてアスリンとゴルディ。

アスリンは父親から、母が浮気をした(自分以外の男性を選んだ)ことを伝えられ、お前は選ばれる側になれ、尊敬される存在になれと歪んだ男性像を植え付けられます。

アスリンの歪みは父から植え付けられた価値観、そして母の浮気現場を目撃したことによる痛みが形成しているように見えます。

アスリンはゴルディは要領よく母からの愛情を独占していたと思い込んでいます。

しかし本作を見る限り、浮気をした母を嫌悪し手を振り払ったのはアスリンです(幼少期の親からの裏切りなのでやむを得ないでしょうが)。

そして二人の父は、兄弟を平等に可愛がっているようには見えないのです。

生まれたばかりのアスリンだけを抱えていく父、初めての任務で森に向かう息子たちに、明らかにアスリンへ大きなブルーベリーパイを渡し、ゴルディには一切れだけ渡します。

ゴルディが肥満だから気を使ったのかもしれないのですが、自分を裏切った妻にゴルディは似ているから、どうしても愛することができないとも察することもできます。

母の死後、そんな複雑な心境の父の元で育ったせいか、ゴルディはやや自分に自信を持てずにいられるようです。

アスリンとゴルディの人格形成に、両親の存在がちらちら見えてくるのもまた生々しいのです。

 

本作の一番大きなメッセージはいかに戦争が愚かで無意味なものかという反戦のメッセージです。

二人の所属する軍には奇妙な宗教があります。

最後のユニコーンの血を飲んだものは永遠の命と美しさを持つことができるというものです。

アスリンは牧師から聖典を貰い、それをずっと持っています。

ほとんどのテディベアは慣習的なものとしか感じておらず、熱心な信仰を持っていません。

ただ、心が弱った時に宗教という存在は力を発揮します。牧師に対して反抗的だった軍曹が自分の判断ミスから部下を失い、嫌悪していた宗教にすがるようになります。

アスリンも戦争で傷つき、その言い伝えに傾倒していきます。

テディベア軍の上層部は、ユニコーンから森を取りもどすという名目を抱えていますが、実際は大きな成果を上げておらず進軍をする気もありません。

彼らは自分たちの贅沢のためだけに軍を存在させています。

兵士を育てる気もなく、テディベアたちは過酷な特訓をさせられていますが、戦争物にありがちな「老兵」のような存在がいません。

顔に傷がある兵士はいますが、隻眼や隻腕、ユニコーンとの死闘から生き延びたと思わせるような兵士は見えません。

大してユニコーンは、身体に傷を多く持つ戦士がいたりと、テディベアとの戦いで勝ち続けたことを感じさせます。

ユニコーンとテディベアとの戦力の差は、進撃の巨人の巨人と新兵たちくらいの差があるように感じます。

 

上層部は役立たず、敵は強く、そんな戦場に投入された複雑な愛憎を抱くテディベア兄弟。アニメでなければ凄惨すぎるか、いっそB級に全振りした安っぽい映画になるところです。

SNSでは「スペイン版ち〇かわ」とも評されています。

お?と思った方は是非とも本作を観てください。「ちい〇わ」に内臓と血液と男性器を足しグルメを引いたのが本作です。

個人的にはハッ〇ーツリーフレンズよりもちいか〇に近いと思いましたし、ちい〇わの原作者の方が許してもフジテ〇ビが絶対許さないだろうし訴訟も辞さないだろうことがうかがえるので、配給会社さんが無難にハッピーツ〇ーフレンズを例えに出したのもうなづけます。

 

また本作、監督が以前作ったユニコーンブラッドという短編が元になっています。

その作品でも兄弟のテディベアが出てきて話の本筋は同じです。

しかし本作はより、わかりやすく「聖書」に近いです。

猿たちがどんなに肉を捧げても不完全な怪物だったそれが、アスリンとゴルディという善と悪を飲み込んだ瞬間に形を持ったのは人間の二面性を表しているようで気が滅入ります。

 

試写会のインタビューで「あれはジブリのオマージュですか?」と聞かれた時に「僕らオタクはジブリの呪縛から逃れられない(意訳)」とジブリに対する熱い思いを吐露してくれた監督。

ユニコーン・ウォーズを見たこっちがバスケス監督の作品を渇望してユニコーンの血の前で涎を垂らすアスリン状態です。

バスケス監督の他の作品をユニコーン・ウォーズの配給会社リスキットさんがなんとか日本でも公開してくれないかなと願わずにはいられません。