三十路からのデスマーチ

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ヒトコワ&オカルトの嫌な映画「白石晃士の決して送ってこないで下さい」

邦画ホラー監督といえば知らぬ人のいない白石晃士監督。監督の元にはぜひ見てほしいと恐ろしい映像があの手この手で届きます。そんな映像の一つを見せちゃいますというコンセプトの本作「白石晃士の決して送ってこないで下さい」は、ヒトコワ要素とオカルト要素で観客を嫌な気持ちにさせる映画でした。

 


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私は運よく舞台挨拶付きの上映会に参加することができました。

10月14日に渋谷と池袋の二か所でしかない舞台挨拶。

私は邦画ホラーを劇場でみたことがほとんどなく、怖くて途中で逃げ出したくなるかもしれないと思い迷いながら座席販売サイトに行けば前列を中心に埋まりつつあり、迷っている場合じゃない!と勢いで購入しました。

結論から申し上げますと、怖いものが苦手な私はがっつり怖かったです。

オカルトとヒトコワ要素で良い意味で充実したホラー映画体験でした。

ただ、ホラー慣れしている人からしたら「CG荒くない? 」「そんながっつり映ってたらむしろ笑える」と感じるところもあるため、邦画ホラーを勇気出してみようと思っている人には良い塩梅の映画でした。

 

さて、本編開始早々に白石監督がスクリーンに映り、舞台挨拶は欠席してすみませんという謝罪から始まります。そんな、監督も忙しいでしょうから……と思っていると「この映画を観て嫌な気持ちになってくれると嬉しいです!」と元気よくアピールしてくれました。

つまり、私たちはこれから、嫌な気持ちにさせられるのです。

これは悪手。「今から皆さんには嫌な気持ちになってもらいます」と言われたことでこれから嫌なものを見せられるんだなという心構え、準備ができます。大したダメージは負わないでしょう。

等と思っていた私はあまりに無知でした。

その言葉はむしろ、監督からの「覚悟は良いか。」というブチャラティのごとく死刑宣告。

嫌な気持ちになりました。

嫌すぎて、後どれくらい観なきゃいけないんだろうと、上映中嫌な気持ちになりました。

そして同時にオカルト的恐怖もばっちり味わいました。

特に冒頭の廃墟のシーンは登場人物が訪れた時は明るかったのですが、怪異が起きる頃から陽が傾き、登場人物が恐怖のどん底に落とされるときは真っ暗で、時間の経過すら計算された恐怖演出が素晴らしかったです。

 

本作で語られる白石監督に届いた映像、それは若いカップルが廃墟に探検に行くという映像でした。

明るい彼氏の圭介と、気弱な彼女のユキ。冒頭の二人の様子はピクニックにきた、いわゆる文科系のほんわかカップルに観えました。

しかし廃墟にたどり着いてすぐにそれが一変します。

圭介の問いかけに対してうまく応えられず「ごめんなさい。」「許してください。」とユキが口にするたびに、不穏な空気をかき消そうと明るくふるまう圭介。

カメラに映っていないところでの二人の関係を察することができます。

圭介の言葉遣いは柔らかいのに、廃墟に置かれたロープウェイの中にユキを突き飛ばして、その中を撮影するよう指示するところは真綿で占めるような嫌な気持ちになります。

そしてふざけた圭介が隠れて、ユキが困っている姿を撮影しようとした時、ユキは姿を消すのです。ユキを探し、何とか見つけて再会を果たすも、泣いて支離滅裂なことを言うユキに段々圭介は苛立ち、彼女を怒鳴りつけ始めます。

その時、廃墟から真っ黒な何かがにじみだし、二人を恐怖に陥れるのです。

主人公の圭介とユキは、一見仲が良くどこにでもいるカップルなのに、実際は圭介によるDVや束縛にユキが苦しんでいるとういうのを雰囲気で伝えてきます。

圭介は明るく穏やかな青年に見えるのですが、周りの語る彼は女性を下にみていてふざけ半分で頭をはたき、服で隠れる場所を痣になるほどつねるという質の悪いDVを行っていました。

廃墟探検以後、ユキには何かが取りついたのか、それとも彼女の中の鬱憤が解放されたのか、圭介に詰め寄るシーンがあります。圭介とユキの立場が逆転したように攻め立てられしどろもどろな圭介に、嫌な気持ちになります。

こんなふうに本作はさまざまな角度から観客を嫌な気持ちにさせます。

そしてもちろん、恐怖も感じさせてくれます。

廃墟からユキが持って帰った「ビデオテープ」これがまた最悪の特級嫌悪呪物なのです。

圭介とユキがビデオを観ているシーンに、わずかに聞こえるビデオの音声、そして二人の顔から人が殺される映像なのではと、いわゆるスナッフビデオではないかと察することができます。

白石監督はそれをこれからお見せしますと言います。

いやいやいやいや見せないで。絶対嫌な気持ちになるじゃないか。

と思っていても無慈悲に流れる映像。

白石監督作品の多くに登場している清瀬やえこさん演じる女性が山の中で廃墟を撮影しています。のどかな光景、楽し気な女性の声、趣のある廃屋。そこに油断していると沖田遊戯さん演じる登山に来たらしい男性が乱入してきます。

もうそれだけで嫌な予感がし心の中で警報が鳴り響きます。

男性は女性のカメラをさりげなく手にし、良い廃墟があると案内します。

そのカメラの動きがもう気持ち悪い。女性は露出のない、厚手の登山服なのに、彼女の身体を舐めまわすような動きで身体が映るのです。

ただ女性というだけで、彼女は標的にされたのです。

この手口が本当に気持ち悪い。人気のない山奥で、自分の言う通りにしないとカメラを返さないというのです。ぎこちない笑顔が無表情に変わっていき怯えた、恐怖に満ちた様子が本当に嫌な気持ちになって、なんかもう怪異が起きてこの男をどうにかしてくれと思わずにはいられないのです。

性犯罪に遭われた人がこの映像を観たら、トラウマが蘇るような映像。

直接的な暴力はほとんどないのですが、「言葉」「雰囲気」で被害者が味わう恐怖や苦痛がじわじわと観客にも伝わってきて、すごく嫌な気持ちになります。

ヒトコワ要素が強すぎて、怪異が起きるとむしろほっとするような本作ですが、結末を見るとふと疑問に思うのです。

圭介の暴力は彼本来のものなのか。

圭介は自分の行為を反省し、大切な人を傷つけないようにしているけれど、もしかして何かが彼にそうさせるように仕向けていたのではないか。

そんな嫌な想像が浮かぶのです。

 

私は事前に監督に前置きされたにも関わらず、きっちり嫌な思いをさせられました。

本作で私がきっちり嫌な思いをさせられてしまったのは、演者さんたちの演技が素晴らしかったというのも大きな理由です。

ユキを演じる有川舞衣子さんは、気の弱い可愛らしい女の子がとても自然で、それだけに廃墟以後の高圧的なユキとの温度差にびっくりするほどでした。舞台あいさつで、攻めているときはとても楽しく、圭介に指示されているときは「あ?」と感じていたということがわかり、そんな心理状態であんなに気の弱そうな女の子を演じていたのだと二重に驚きました。

圭介を演じるかいばしらさんは、映画レビューをよく観ていたので「そのまんまかいばしらさんだ」と思っていたのですが、いなくなったユキを泣きながら探すシーンが素晴らしく、こんな演技をなさるのかと見入っていました。

暴力をふるうのも事実だけど、圭介にとってユキは大切な人で、彼女がいなくなったら必死に探すという矛盾しながらもリアルさを感じるキャラクターでした。また演者としての姿を見せてほしいと思いました。

ビデオの女性の清瀬やえこさんはとにかくリアルで、本当のスナッフビデオを見せられているのではと、そんなわけはないのにとても不安になりました。舞台挨拶で彼女が「ガンガン攻めてください」と共演者に伝えていたことがわからなければトラウマになってしまうほど、演技がリアルでした。

沖田遊戯さんのビデオの強〇魔は本当に気持ち悪く、手口も姑息でじわじわと女性に恐怖を与えていくところにとても嫌な気持ちにさせられました。舞台挨拶で苦労したあんなことやこんなことを話していただけて本当に良かった…当分引きずるレベルで嫌な犯罪者の演技がお見事でした。

そして今回ヒトコワとオカルトの恐怖要素を担っていた小倉綾乃さん演じるカラメは行動も存在も謎で、なぜ彼女が白石監督の前に現れたのか、彼女は後ろ暗いところのあるもののところに姿を現すのではないかと思わせる、都市伝説のような摩訶不思議な存在でした。

小倉綾乃さんの独特の雰囲気と、「黒い家」の大竹しのぶさんが演じた幸子のように、ふわふわとしている口調に不気味さのある独特の存在感があり、舞台挨拶で映画そのままの姿で登場した時は少しぞっとしました。

また、白石監督のインタビューに答える、圭介が出禁になったバーのマスターや圭介の元恋人役の揺楽瑠香さんも短いながら自然な演技で、よりリアルさの増す雰囲気が最高でした。

上映館が少ないのがとてももったいない。行ける距離と観ることのできる時間の確保できた方にはぜひとも観て、嫌な気持ちを分かち合ってほしいと思いました。

最後に、この映画のとても残念な点。

パンフレットがないんですよ……。

特に舞台挨拶で有川舞衣子さんの「自分の普段の行いを見返していただければ」と清瀬やえこさんの「どんな服装をしていても(性犯罪の)被害者になりうる」という大事なメッセージ性はぜひとも残してほしいと思いました。

ただ恐ろしい、ただ嫌な気持ちになった、というだけではなく、同等に考えさせられる映画でした。

 

以下本作のネタバレ含めた舞台挨拶の感想。

かいばしらさん、沖田遊戯さんもカラメ役の小倉綾乃さんと同じ、作中の服装で登場したので「うわぁ~本物だぁぁぁ!」とテンションが激しく上がりました。

かいばしらさんは圭介そのままの穏やかな語り口で、実は飼っているテグ―(ネズミのようなかわいい動物)を虐待するシーンを監督が想定していたのですが、それは勘弁してくださいということになり、人を殺した(自殺ではあるが間接的に殺害したともいえる)ことにしてもらった、というエピソードが語られていて、本作の和気あいあいとした雰囲気を感じることができました。

かつてゾンビーバーの感想で「動物が死ぬなら観れないという人はいるけど、その死にざまは素晴らしかったし、犬も良いジャーキーを出演料で食べてるかもしれない」とおっしゃっていましたが、自分の愛テグーとなれば、フィクションでも厳しいのだと人柄を感じました。

また気持ち悪いほど恐ろしい犯罪者を演じた沖田遊戯さんは傾斜だったため頭に血が上り大変だったこと、スタッフが用意してくれたマイ〇ロディーの枕で支えていたけれど血の気が失せてしまい、皆に心配された。というトラウマ回避の良エピソードを語ってくれました。

家族が観に行くと楽しみにしているし親戚のも小学生も見に行くらしいのでもう実家に帰れないかもしれないと気にしていたところに、白石作品で殺したり殺されたりしている清瀬やえこさんが、自分の家族もよく観に来て楽しんでくれたから大丈夫とフォローをされていて、ホラー映画に出演する方のプライベート事情を垣間見ることができました。

 

ちなみに本作、最後の白石監督へのカップルからの近況報告にぞっとする演出がほどこされているのですが、個人的には「ユキは大好きな圭介に暴力を振るわれることなく一生そばに居続けられるし、圭介は自分の気持ちを抑え込まなくても暴力をふるうことができない身体になったので、ユキに暴力を振るわずそばにいられるのでハッピーエンドでは? 」とストゼロをあおって思いました。

 

結論、舞台挨拶は行けそうなら行った方がいい。他に残らない一期一会のコメントが聞ける。