三十路からのデスマーチ

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空想と救いの物語「屋根裏のラジャー」

あけましておめでとうございます。

今年は清らかな気持ちで映画はじめをしたいと思い、「屋根裏のラジャー」を観てきました。

 

イマジナリーフレンド。

心理学、精神医学における現象名の一つで、子供にしか認知できないいわゆる「空想の友達」もそう呼ばれることがあります。

本作「屋根裏のラジャー」はアマンダという女の子が創造した空想のお友達、ラジャーが主人公です。

ラジャーは自分はいつか消えてしまう存在だと気づきます。

自分と同じように空想上の存在が近所にいたのですが、彼は空想の主が自分を認知できなくなり、消えかかっているのです。自分もアマンダに忘れられてしまうと、ああなるのかとぞっとするラジャー。そしてその日は突然やってくるのです。

本作は、二つの物語が同時に進行します。

一つは、心に空白を抱えたアマンダの、成長の物語。

もう一つは、イマジナリを手放すことができなかったミスター・バンティングの物語。

交通事故で病院に運ばれたアマンダ。自分が消えかかってしまったことにより、ラジャーはアマンダが亡くなったのだと思います。

消えかかったラジャーはジンザンといオッドアイの猫(CV山田孝之)に案内され、イマジナリたちの住む図書館へ連れていかれます。

そこで姉御肌のエミリに、子供たちが空想を必要としなくなり、消えるしかなかったイマジナリたちはこの図書館から空想の力を得て、生き延びていることを教えてもらいます。

この図書館にはイマジナリの住処だけでなく、仕事もあります。

出張という形で子供たちの空想世界で働き、そこから食料を調達して戻ります。

中には呼ばれた子供の専用イマジナリとなり、図書館に帰らず子供のそばに居続けるイマジナリもいます。

イマジナリは子供たちと自分たちはいつかは別れる運命だと知っています。

しかし、中にはそれを拒むものもいます。それがミスター・バンティング。

自分のイマジナリだった女の子との別れを認められず、彼が選んだのは他者のイマジナリを食らい、彼女が消えないようにすること。

そうして執着し続けたイマジナリは青白く冷たく、腐臭の漂う女の子になってしまったのです。

バンディングはラジャーが素晴らしいイマジナリであること、そしてラジャーは、アマンダの深い悲しみから生まれたことを明かします。

自分の存在が消えないとアマンダの悲しみは消えないのかと苦悩するラジャーでしたが、彼はアマンダが必要としたから生まれた存在。アマンダが自分を忘れてしまっても、彼女との再会を選び安全なイマジナリの街から飛び出します。

 

本作のイマジナリは、子供の空想というキラキラしたファンタジックな世界で生きているように見えますが、ラジャーを生み出したアマンダは、ラジャー自身も知らない深く、大きな悲しみを抱えていました。大きなぽっかりと開いた胸の空洞を埋めるために、ラジャーは存在していました。

ラジャーが認知できなくなることは、アマンダにとっては傷が癒えていく、悲しみが薄れていくことの現れなのでしょう。

同時にアマンダはラジャーに救われたという証明なのです。

 

さて、イマジナリというか空想とは子供だけを救ってくれるものなのか。(現X)を見て成人していても救われている人がいると気づきました。

まぁ、それはイマジナリというよりも「推し」なんですがね。

しかしこれがなかなか馬鹿にできないもので、心の支えとして十分な力を発揮します。

ですが、イマジナリと同じように、誤った執着をすると腐敗し身を滅ぼします。

用法容量を守って適切な関係を保ちたいものです。

 

 

 

以下ネタバレ含む感想。

 

私は動物に弱いので、本作でアマンダのお母さんリジーのイマジナリ、冷蔵庫が出てきたときには号泣しました。

ジーをへびから守ってくれた大きなふわふわの犬、冷蔵庫。

彼はリジーの幸せを願い、イマジナリの街で暮らしています。

この冷蔵庫、イマジナリの街にはいますが、子供たちの空想に出張している様子がありません。

それはまるで、他の子の専属イマジナリになり、リジーの作った自分が消えてしまうのを恐れているようです。

彼はリジーとの思い出を抱き続けたいのかもしれないと思い、また号泣しました。

また、リジーも愛猫に「オーブン」という名前を付けていた様子からして、冷蔵庫のことを完全に忘れているわけではないようです。アマンダにせがまれラジャーのためのココアを用意してくれるところは、ただめんどくさいからそうしようというだけには思えないのです。

対してバンディング。

彼が自分のイマジナリに用意したのはグラスの水。

自分は抹茶カフェラテを飲んでいるのに対し、お冷です。

もしかしたら彼のイマジナリは冷たい水しか飲まないという込み入った設定があるのかもしれないのですが、最期に抱きしめられた時に彼女だと気づかなかったところからしてお前はもう何がしたかったんだよ!!!とこぶしを握ってしまいました。

執着し続けたバンディングの女の子は屍みたいなのに、冷蔵庫はお爺ちゃんですが温かくふわふわした毛並みなのを見ていると、これがお前の望みなのかよ!!!!と憤りを感じます。

イマジナリが見えなくなってしまっても、忘れてしまっても、それが自分の一部だったことは間違いないのだと思わせてくれる本作。子供よりも大人の方がほろっときてしまうかもしれません。