三十路からのデスマーチ

何気ない日常がもしかしたら誰かの役に立つかもしれない。

美しいのは死か生か「死が美しいなんて誰が言った」

一人で作ったアニメ映画「アラーニェの虫籠」が一時期話題になりましたが、この冬、画像生成AIとモーションキャプチャー技術、ゲームエンジンとして有名なUnityを使用することで少人数で完成させた作品「死が美しいなんて誰が言った」が公開されました。

完成したのです。

出来栄えは置いておいて完成したのです。

世の中には素晴らしいアニメ作品がたくさんありますが、ともかく少人数で作成することに成功したのです賛否両論あれど、完成したのです。

夏休みの自由研究に、塩の結晶を持って行く子もいれば、牛乳パックで作った貯金箱を持って行く子もいます。期日までに完成させることに意義があるのです。

予告を観て「わぁ。PS2時代のCGみたぁい」と思いましたが本編も割とPS2でした。

中には「これは、バグ? 」というような謎の空間もありましたが、ともかく完成しました。キーアイテムになる家族写真が「全然似てないじゃん!他人じゃん!」と思えてもとにかく完成しました。

大きなスクリーンだからこそ、目立つ粗。

しかし映像の粗そのものはゾンビ映画だからか、終始暗い画面ではそんなに気にならなかったりします。

主人公骨折してない? と思うシーンもありますが、主人公はゾンビになりかけという設定を最大限活用します。

そして、セリフで説明させることにより、尺を稼いだりします。

いじめにあっていたこと、両親の仲が良かったこと、全部セリフで説明します。

ワンカット、同級生にいじめられているシーンをはさんだり、家族のシーンを入れるだけじゃん!というのは素人の浅知恵です。少人数で作っているのですから。セリフで賄えるところはセリフで賄うのです。

しかし声を吹き込んだ方々の演技力が素晴らしい。

最初は「気持ちはわかるけど好きになれない」と思っていたキャラクター一人一人に、好きかどうかは置いてなんだか魅力を感じたりします。

主人公:詩人のレイ君。本作が12話のアニメとかじゃなくて良かったと心から思えるほど、口だけで行動しない、ずっとうじうじしている主人公。ゾンビに食われたり殴る蹴るの暴行を受けたりする。そんな彼が最後は…

ヒロイン1:主人公の妹のユウナちゃん。冒頭からもう精神が限界状態の女の子。塀の向こうに天国を見出しているけれどどう見たってあっちも地獄。元々素質があったのか、きっとお兄ちゃんとは違う世界が見えている。

ヒロイン2:リカ先生。二人を見守るキャラぶれぶれのセクシー女医。怪しい裏取引をしていたり、何故か使い慣れた銃を持っている。たぶんすでに何人か撃ってる。主要人物の中で唯一衣装差分がある。映画を紹介するサイトによっては重要なネタバレをされていたりする。

ヒロイン3:主人公に最後まで付き合ってくれる密航業者のタキシバさん。主人公を殴る蹴るしてきますが、生きることに後ろ向きな主要キャラの中で唯一生きることに全力を注ぐ関西人。やってることは汚いけど一番きれいな生き生きとした表情をしている。

 

この四人がネームド主要人物なのですが誰に対しても「気持ちはわかるが好感度は低いし死んでも悲しくない」という印象を与えます。

ゾンビ映画では重要です。死んでも悲しくなキャラクター。人が死ぬたびに泣いていたら涙でスクリーンが見れませんから。

とにかく全員が好き勝手に行動しているので、誰も他人を思いやる気持ちがゼロ。

それが死の淵に立ち、もう終わりだと悟ったときに、あふれ出すのです。生きている間に被っていた、理性や恐怖や憎悪や後悔がどろどろと溶けて中身が出てくるのです。

登場の時には一切なかった、キャラクターの魂の叫びが、表面が削がれてあふれ出すのです。

死は美しくなんかないし、好き勝手に生きようとする登場人物たちは決して美しく見えない。しかし、終わりを悟った時の最後の姿が美しく見えるのです。

私はリカ先生のあのシーンを観た瞬間、映画のチケット代の元は取れたと感じました。

がしかし。同時期に公開される映画が、ゲゲゲの謎、窓際のトットちゃん、そしてディズニー100周年のウィッシュ。そこに並べるというのはあまりにも酷い。

予告を観て、制作会社の配信動画を見て、それでも観ようと思った人にはきっと楽しんでいただける本作。クリエイターを目指す人には、少人数でアニメを作るという過酷さを学べる本作。楽しませてもらうつもりではなく、何かを学び取ろうとする姿勢が大事な映画です。

ちなみに、役者さんとテーマ曲が挿入されるタイミングが100点満点です。