三十路からのデスマーチ

何気ない日常がもしかしたら誰かの役に立つかもしれない。

見る世代にとって感想の変わる「窓際のトットちゃん」

令和の後半はシスに始まり、ゴジラ-1.0やゲゲゲの謎等、戦後を描いた作品が大人気になりました。

そんな中満を持して公開された「窓際のトットちゃん」は黒柳徹子さんの幼少の頃の体験を描かれた本が原作となっています。

映画で描かれるのは戦前の時代、トットちゃんがトモエ学園にやってきて疎開するまでの間。

本作、SNSでは「予想外に戦争の描き方がえげつない」と高評価を得てトレンド入りし、多くの人から絶賛されています。

戦争という知識の乏しい子供時代に見れば、トットちゃんの身の回りの変化は「戦争時代だから。」と思う程度です。

何故なら、本編の悲しい出来事は戦争によって引き起こされたものではありません。

それだけに、本作は「戦争」を描いた作品の中では最も恐ろしい描かれ方をしているかもしれません。

主人公トットちゃんはあまりにも落ち着きがないため、学校側の要請で転校させられるという始まりをします。困り顔のママは好奇心旺盛な娘の自主性を尊重したいと思いつつも、社会性を身に着けさせるためには学校に行かせなければいけません。幸い、トットちゃんが良い子だと理解してくれた校長先生に受け入れられ、新しい学校がきまりました。友達もでき、毎日ご機嫌で学校に通います。
トットちゃんのおうち黒柳家はとても裕福なおうちで、朝食にも色鮮やかなサラダが並び、お父さんはコーヒー豆を朝から挽いて、お母さんはトットちゃんのために桜でんぶを使った色鮮やかなお弁当を用意してくれます。家具や料理、そして愛犬のシェパードから戦前の日本人の暮らしはこんなにも豊かだったのかと伝わってきます。
しかし、トットちゃんの日常がじわじわ変わっていきます。
劇的にではありません。春から夏に代わるように、戦争という時代が豊かさを徐々に奪っていくことが世界観として盛り込まれて行きます。

お小遣いでキャラメルを買っていたのに、キャラメルがなくなり買えなくなり、色あざやかだったトットちゃんのお弁当が梅干一個から豆に変わっていきます。そしてトットちゃんがいつも頭に乗せていたリボンがなくなり、みんなカラフルな色の服を着ていたのに、国民服に変わっていくのです。

本作、日常は戦争に侵食されて行くのに、トットちゃんにとっての悲劇が戦争によって起こされることが明確に描かれるのは最後に学校が燃えるシーンくらいです。

 

作中でお祭りに行ったトットちゃんが親にねだりひよこを買ってもらいますが、ひよこは数日後に死んでしまいます。

トットちゃんは手の中でぴよぴよと鳴いていたふわふわのヒヨコが、動かず鳴きもせず静かにしているのを見つめて悲しみます。

そんなトットちゃんへ、友達の山本君は「ひよこはトットちゃんに会えて幸せだったよ。」と励まします。

さて、時は流れ、トットちゃんの家からあるものが消えます。

愛犬のロッキーです。

転校した時、トットちゃんが首に定期を下げてあげたロッキー。

トットちゃんの友達であり、ひよこが亡くなった時無言で彼女を慰めていたロッキー。

お友達とケンカした時も、トットちゃんを慰めようと必死になっていたロッキー。

無人のロッキーの小屋には、ロッキーのぼろぼろになった首輪が置かれています。

あまりにも突然いなくなったので、ロッキーはどうなったのか、映画だけではわかりません。

トットちゃんは戦争なんか嫌だ、とは劇中では言いません。日常として受け入れているのです。お腹が空いても疎開で友達と離れ離れになっても、素敵なおうちが壊されても。
コロナ前と劇的に生活が変わったのに、それを受け入れた日本のように。
戦争もこんな風に日常を変えていくのかと、気が滅入ります。

そんなわけで大人になればなるほど、描かれていないものの存在が気になりつらくなる本作。不穏な世界情勢の今こそ観ることで自分の価値観が変わるかもしれません。