三十路からのデスマーチ

何気ない日常がもしかしたら誰かの役に立つかもしれない。

怒りの映画「RRR」


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日本では昨今人気が出始めたインド映画。

筋肉!アクション!火薬!ダンス!とすっきり爽快で観れるので「つらい時ほど見てほしい」と勧める人の多いジャンルです。

この秋、映画館に行ってやたらとパワフルなインド映画として、「そうはならんはずなのになっとる!!」の連続を予告で見せられて、やだ……気になる……。と観に行ってしまった人も多いと思います。

そして映画ファンからは「5回見た」「三時間が一瞬だった」「予告通りのものを何倍も見せられた」「無限にカレーとナンが出てくる」「できればポスターはネタバレだから観ないで行ってほしい」というコメントが寄せられています。

しかし中には「RRRは決して笑えるだけの映画ではないし、笑えるコメディアクションを予想していくと裏切られる。」「RRRは真面目な映画。インドの弾圧と差別を描いている。」「RRRの根底には監督の怒りを感じる。真面目にみるべき作品。」「それはそれとして火薬と筋肉と予告の映像全部倍盛である」というコメントがあります。

 

私も獰猛な野生動物と共に飛び出す主人公ビームのワンシーンを観て「ちょっと観てみよう。」と行ってきました。

きっとあんまり深く考えないで観れるんだろうなとわくわくしながら観に行ったんです。

期待に胸を膨らませて、アバターとワカンダフォーエバーの予告を観終わると映画が始まります。

イギリス植民地時代のインドのとある村。美しい声で歌う少女は英国人の貴婦人の腕にペイントを描いて歓迎しています。

女の子は笑顔で歌っているのに、周りの大人の表情がめちゃくちゃ硬い。

そう、RRRの事前公開されたストーリーは攫われた少女を一人の男が救いに行くという始まりでした。

嫌な予感がしていると、鹿狩を終えてきた夫人の夫が葉巻をスパスパ吸っていて「こいつ悪い奴だ」と子供でも分かる雰囲気を放っています。

英国人の部下が二枚の銅貨を放り投げます。

英語がわからない村の人たちは「女の子の歌声を気に入ってチップをくれたのだろう。」と恐る恐る察し、怯えている女の子の母親に「奥様がマッリの歌声を気に入ってくれたんだ。」と察した年長者が言います。

怯えた母親は「ありがとうございます。」と怯えながらもお礼を言って受け取った瞬間、貴婦人が美声の少女、マッリを連れていきます。

「は? 」と観客も村人も唖然とし、「英国人が銅貨二枚で女の子を買った」と気づいた瞬間、母親は泣きながら車を追い、身を挺して車の前にすがって娘を返してというのです。

こんなに唐突に、花でも折る様に子供が連れていかれるのか。あまりのあっけなさに観客は凍り付きます。

軍人が母親を撃ち殺そうとしたとき、英国人の偉そうなおっさんが「弾がもったいない。」と言い放ち、軍人はその辺に落ちていた木で母親の頭を殴りつけるのです。

車の中で泣き叫ぶ少女の目に映る、血まみれで倒れた母。

筋肉の爽快アクションを期待して来た観客に浴びせられる煮えた油のようなインド人差別。

「アクションを見に来た皆、この映画は差別を描いているんだ。」

監督がサムズアップしながらウィンクしている顔がよぎった方もいたかもしれません。

観客たちのIQが上がり、肝が冷えたところで主人公の一人、ラーマが登場します。

ラーマは警察官。暴徒と化した群衆が攻め寄せる金網を直立不動で見ています。

怯えて引っ込む英国人上司の目の前で、投げつけられた石が部屋に入ってきます。投げつけた暴徒を指さし、「あいつ捕まえてこい」と言いますが、そこは襲い掛かってきそうな暴徒の海の中。

無茶ぶりに一人歩みだしたのはラーマ。バイオハザードのように群がってくる人間をちぎっては投げ骨を折りぶん投げ、石を投げた暴徒を上司の前に引き出すのです。

しかし満身創痍でやってのけたのに、昇進の発表では白人ばかりが選ばれます。

ラーマは英国側のようですが、同時にその階級の中でも差別を受ける側なのです。

再び差別の重い二文字を観客に残します。

 

そしてもう一人の主人公、ビームのターン。

ほぼ裸で狼を狩る主人公、そこへ虎が乱入。原始的な罠と知恵と筋肉で虎を捕獲するという「これ!観客が見たかったやつはこれ!」と思わせてくれます。

ビームは英国人に連れ去られたマッリを取り戻すために、デリーにやってきた村の守護者なのです。

しかし都会ではその正体を隠し、マッリを取り戻すための伝も人員もなく、怒りを押し殺して純朴で優しいインド人として、英国人に理不尽な理由で殴られます。

冒頭、アクションよりも差別の割合が多く、観客たちは真面目な気持ちでスクリーンを眺めます。

アクション映画よりも、差別と闘うシリアスな映画を観に来た気持ちに観客の気持ちがシフトしたときに、再び我々の心に襲い掛かる衝撃。

暴走して燃え盛る燃料を積んだ列車が川に落ち、重油で燃える川の中に一人の少年が取り残されます。

周りが諦める中、少年を助けようと立ち上がったビームに、橋の上から「一緒に助けよう!」と合図を送るのは、潜伏しているビームを追っていたラーマ。

二人は互いが何者か知らず、力を合わせて少年を救うのです。

燃え盛る炎にロープ一本で救助をやり遂げた二人の男に熱い絆が芽生えないわけもなく、今までの暗い気持ちを吹き飛ばすほどの爽快なアクションが観客の心をつかみ、IQをガンガン下げます。

映画一本分くらいありそうなラーマとビームの日常をダイジェストで送り、兄貴とラーマを慕うビームと、本当の弟のようにビームに接するラーマの絆が描かれます。観客たちが二人の主人公をすっかり好きになった時に、ついにその日は訪れます。

二人は互いの正体を知ってしまうのです。

誘拐された村の仲間を助けに来たビーム。

昇進のために英国に楯突く反乱分子を掴まえなければならないラーマ。

二人の絆に亀裂が入り、ついにはラーマに捕らえられてしまうビーム。

どうしてラーマは昇進しなければならなかったのか。

そのストーリーもまた重く、そしてラーマの決意と信念の固さが語られます。

果たしてビームはマッリを助け出すことができるのか。ラーマの過去とは。そして二人の絆の行く末は。

3時間という膀胱が心配になる拘束時間を忘れてしまうほどの圧倒的な展開、そして目を離せない映像の数々。冒頭の重苦しさを吹き飛ばす爽快な結末。アクションに興味がない方も飽きさせないRRRをぜひとも劇場で観ていただきたいです。

 

以下ネタバレ

 

RRRは怒りと差別の映画です。

そしてそれはインドだけでなく、世界において行われている差別を表しています。

ビームが英国人のパーティー会場で「ダンスも踊れないのか」と英国人に馬鹿にされ、笑われた時、真っ先に不快感をあらわにするのが黒人の演奏者。彼は「こんな光景をみるのはうんざりだ。」と表情で表します。

しかし、落ちたシルバーのトレーを持ってきたラーマがドラムで叩きだした瞬間、彼の顔に笑顔が戻ります。

あざ笑う英国人の間をぬって現れたラーマがビームの手を取り、一緒にナトゥを踊りだします。

馬鹿にする英国人男性に対して、英国人女性たちが「いいかげんにして」と彼らをはねのけ、ラーマとビームに「さぁ続けて」と促す一連のシーンは、差別される側が段々立ち上がっていく胸熱くなるシーンです。

差別に対してNOという強い意志。

それを鬱陶しくなく、堅苦しくなく、差別も弾圧も私たちはあきらめないし立ち向かうというメッセージを感じます。

そしてストーリーも単純明快ですっと受け入れることができます。

攫われてきた少女を助ける主人公と、どうしても権力を手に入れなくてはいけない重い過去をもつ主人公が出会う、二人の絆と戦いの日々。

三時間を飽きさせないほど、主人公二人はとても魅力あります。

戦士ビーム。彼はインド人の中には伝説として知られる「村人を守る守護者」です。村から攫われた一人を絶対に助けるために、どこにでもやってくる存在。

ビームは登場シーンでその強さを表しながら、都会では優しく純朴な労働者としてふるまいます。彼はマッリを連れ去った貴婦人の姪ジェニーと出会い、マッリという名前を聞いて何とか彼女に協力してほしいと思うのですが、英語がわからないためうまく伝わりません。しかしジェニーに暴力や恐喝という手段は使わず、どうか助けてほしいという気持ちと、少なからず彼女に対しての好意をもって接します。

しかしラーマと共に戦うために立ち上がった彼の目には、敵に対して微塵の容赦もなく、戦士としての怒りと信念があります。

そんな二面性がビームの魅力として際立ちます。

警察官ラーマ。

彼は津波のように押し寄せる群衆に対し、周りの同僚や上司がおびえる中、すっと背筋を正し、一歩も引きません。それどころか暴徒となった群衆の中に飛び込み、その中から一人を引っ立て連れてくるという「なにがそこまでさせるのか」とぞっとするほどの強さを見せます。

しかし、自分を兄と慕ってくるビームの前では屈託のない笑顔を見せます。ビームが英語がわからないけれども英国人の女性に惹かれていると知ると協力し、身だしなみを整え、ダンスも踊れないと馬鹿にされた時は一緒にナトゥを踊り、そのダンスを馬鹿にしていた英国人も巻き込んでダンスバトルとなるシーンは圧巻。

ラーマは強く鋼のような警察官と、ビームを導いてくれる兄としての顔を持っています。

ラーマの過去は、この映画が戦う映画だと強く印象付けます。

ラーマの父は、英国に立ち向かうための兵士を育てていました。

ラーマ自身も幼い頃から兵士として戦う闘志を燃やしていました。そんな彼に幼馴染の少女シータは寄り添っていました。

ラーマの父と村に足りなかったのは武器。ラーマの父は村の中から警察官として潜入する者を選抜し、権力を手に入れ銃を村にもたらす計画を立てていたのです。

ある日幼いラーマの銃の才能を見出し、息子に全てを託して村人を守るために英国人との戦いで命を落とします。

英国軍人に母と幼い弟を殺され、村のために殉じた父を目の当たりにした幼いラーマの心に、強い決意と信念が芽生えます。

彼の心には常に、シータの存在がありました。

村人全員に銃を持たせると約束し旅立ったラーマを、シータは四年間も便りがなくとも思い続け、無事帰ってきてくれるようにと待っているのです。

ラーマの信念の源、それは故郷に置いてきた愛しい人と、村人との約束だったのです。

RRRは三時間の中に何本もの映画を詰め込んだような構成がくどくなく、作りこまれています。

健気なシータはラーマとの約束を胸に待ち続けていましたが、ある日手紙が届きます。

ラーマからの手紙には、親友を助けるために英国を裏切って、処刑されるはずだった親友と彼が助けに来た少女を一緒に逃がしたこと。悔いはなかったと。

そして英国からは、ラーマの処刑がきまったのでその遺体を引き取りにくるようにと。

絶望と悲しみを胸に抱えやってきたシータは、警官に追われている様子の一団を目にします。

そして彼らを追ってやってきた英国人の警官に「天然痘の人がいるのです。助けてください。」と嘘をつき、追い払います。

天然痘におびえた警官に蹴り飛ばされたシータに、警官に追われていた一人が駆け寄り、お礼を言います。

その男こそ、ラーマに命を救われ、マッリと共に逃げ出したビームでした。

ラーマからの「困った人がいたら助けよう」という意志を引き継いだシータ。その意思が巡って再びビームを助け、ビームはラーマを助けるために筋肉を駆使した救出作戦に出るのです。

要所要所に重い差別をはさみながら、それでも爽快感を抱くことができるのは「最後に必ず勝つのはこの二人だ。」と信頼できるからでしょう。

そしてそれを「ご都合主義」と思うのではなく、二人の魅力が観客に「この二人にどうか最高のエンディングを用意してください!!!」という気持ちにさせること。そして、「この邪悪な英国人夫婦を血祭りにあげてくれ!!」という血を求める衝動が自然と芽生え始めてくるからでしょう。

そもそも邪悪な貴婦人が「絵もうまいし歌声も気に入ったから連れて帰ろう」と銅貨二枚ぽいしてマッリを攫わなければディズ〇ーランドみたいな屋敷が燃えることもあんな最期を遂げることもなかったでしょう。

いえ、それはそれで昇進したラーマが武器を村に送り、もう何年か後にはなりますが同じ末路をたどったかもしれませんが。

観て損はなく、落ち着いたころにはインドの背景を深く考えされられる、筋肉と火薬とダンスと歌が織りなす映画「RRR」。

夏から急に寒くなり、精神と体調が不調を起こしやすいこの季節にぜひとも観ていただきたいパワフルな映画でございました。