三十路からのデスマーチ

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匿名性の醜悪さを詰め込んだ「竜とそばかすの姫」

細田守監督が美女と野獣を作ってみたかんじのポスターが公開されたかと思えば、本当にディズニーのキャラデザの方が担当していたという作品、「竜とそばかすの姫」。

一目見た時からディズニープリンセスみたいだなと思っていただけに納得しました。

 

 

「竜とそばかすの姫」は一人の少女の成長の物語です。

幼い頃、親のiPh〇ne(ボタンに四角マーク付き)で母と共に作曲していた主人公が、母の死をきっかけに歌うことができなくなりました。成長した主人公は、スクールカースト上位者を羨ましく思いながらも、理解ある友人と一緒にそこそこ楽しく学校生活を送っていました。

そんな彼女が、匿名の世界Uでは思いっきり歌うことができるのです。

現実世界ではカラオケで歌うことを強要され、逃げ出し嘔吐(この嘔吐描写も容赦ない)していた少女が、解放され、のびのびと歌うことができたのです。

それで何が変わるわけでもないと思っていたら、一日でフォロワー数が高速で増えだし、半分批評、半分賞賛、アレンジしてみた動画も量産されて一躍スター。

友達と共にライブを開催することになり、多くのファンに囲まれて歌っていると突然乱入者がやってくるのです。

それがUの世界では乱暴者として有名な竜

ラップバトルが始まるわけでもなく、ライブは中止。しかし主人公はその乱入者のことが気になり、彼の正体を探すために行動を始めます。

 

※以下ネタバレあり感想※

 

竜とそばかすの姫は、心に傷を負い、閉じこもっていた少女、鈴が自分の殻を壊して走り出す物語です。

鈴の世界には、ネットの悪意が常に付きまとっています。

赤の他人の子供を助けるために、水難事故で亡くなった母を、「無鉄砲」「救急隊を待っていればよかったのに」「偽善者」と罵る声が、鈴の心の傷を一層広げました。

鈴が初めてUで歌ったときも、受け入れる声だけでなく、「そばかすまみれの変な顔」「目立ちたがり屋」「素人」と批判し、Uの世界で暴れる竜に対しても誹謗中傷が集まり、竜の正体探しを始め、竜を擁護する層を馬鹿にする声もありました。

さらに学校でも、鈴が学校で人気の男子と話していたことで、学校のグループラインが炎上したりと、仮想現実の世界が素晴らしいと言いながらその逆の展開や演出が目立ちます。

竜とそばかすの姫では、サマーウォーズと違って、ネットの世界の人たちは主人公を助けてくれないのです。

申し訳程度に応援してくれるだけで、竜を探す手がかりも鈴と鈴の周りの頼れる仲間たちが見つけて、鈴は彼らの助けを借りて竜を助けるために現実世界で泥にまみれて走り出すのです。

 

この作品では、ネットの世界、匿名であることの無責任さがこれでもかと描かれています。

面白半分に批判し、大多数の流れが変わればくるりと手のひらを返し、現実世界では何の助けにもならない。

本当に助けてくれるのは、現実の本人の築き上げた信頼関係だけ。

細田監督は、Uという世界を予告ではmillennium paradeの曲に乗せて「現実世界ではやりなおせなくてもUではやりなおせます」「Uは貴方の才能を最大限に引き出します」と魅力的に語っているのに、本編ではそこに集まる人たちの醜さ、浅はかさをこれでもかと描いているのです。

この映画から受け取った監督からのメッセージは「ネットの世界はクソ。ネットの世界は信頼できない。だから本当に助けたい人がいるときは匿名性をかなぐり捨てて現実世界で行動しろ。」でした。

匿名の人たちに傷付けられた鈴が、自分も匿名になることでトラウマを払拭することができたのに、助けたい人を助けるためにはそれを捨てなくてはいけない。

名前も知らない子供を助けるために飛び出した母と同じように、鈴は自分を解放できた世界を壊して、飛び出しました。

映画のラストを見て、最初は「何も解決していないのに良かったねという雰囲気だけ流れている」と感じました。

しかし、本当にそうなのか、と時間が経つにつれ感じました。

誰も助けてくれない、と諦めていたのに、自分の姿を50億人に晒して、居場所も知らないのに駆けつけてくれた。

たった一人の女の子の力なんて一度暴力から守るだけしかできなくても、諦めていた側から見れば、駆けつけてくれただけでどれほど救いになるか。

出来ればもう少し先の展開も見せて欲しいけれど、これは一人の女の子が自分の殻を壊すための物語なので、それは綺麗に完結しているのです。

 

しっかし、細田監督はネットの世界が舞台装置としては好きなのだろうけれど、そこにいる人たちのことは信用してないんだろうなぁ。