シン・エヴァンゲリオンを観た感想をだれにも喋ってはならない。
そんな雰囲気がツイッターで漂う中、この先人たちが忖度している間に行ってくるしかないと思い、行ってきました。
正直なところ、昨今のネタバレ禁止文化は逸脱したものがあると思います。
特に週刊誌や月刊誌の漫画では致命的だと思います。
ネタバレ忖度で感想を沈黙すると、エゴサする作家さんや担当さんが「あ、人気ないんだ…。」となってしまうからです。ファンなら発売日にはトレンドに載せるくらいの気概でいないといけないと思うのです。
ですが、映画だけは公開第一週目までは、なんとなくツイッターでは黙っていてあげた方がいいかな、という気持ちがあります。
特にエヴァンゲリオン。
安易なネタバレは刺されかねないのです。
いやまさかたかが映画のネタバレでwww
とは思えないのがエヴァンゲリオン。
私は、エヴァンゲリオンは旧アニメ版、劇場版、すべて観ています。
当時、まだネットのあまり普及していない時代、ネタバレなしでこれを観てしまった人たちはどんな気持ちを抱えていたのか。
アニメが意味不明な終わり方をしたと言うことで話題になり、そのところのオチが付くのだと思って劇場に行った人たちが目にしたのは、完全復活して戦うアスカを散々見せた後で襲い来る敵、それも殲滅したと思えば次々に復活して惨たらしく破壊される二号機。
歴史に残る、考察しなければ理解できない結末と、これをこさえて劇場公開にもっていった庵野監督大丈夫かという不安。
そして満を持して、庵野監督がセルフリメイクしたシン・エヴァンゲリオン。
若干のネタバレを含みますので以下反転。
この物語は旧のような毒々しさがなく、いわゆる王道のロボットアニメとしての結末を迎えた形になります。
主人公は成長し、孤独や分かり合えない苦しみを乗り越えて前に進むことを選び、そして呪いに縛られるキャラクター一人一人の呪縛を解いていきます。
それはさながら、このエヴァンゲリオンという物語に縛られ続けた監督を解放するように。
エヴァの結末を見ることを執念のように想っていたファンを解放するように。
アヤナミレイ(仮称)は、それが自分に組み込まれたものだとしても、シンジ君が好きで、そして旧の時は限定的だった社会のつながりを、大きく広げた矢先に、散っていきました。
彼女はエヴァを知らない人にも、綾波レイという名前と、人形のような従順そうなヒロインというレッテルを貼られていましたが、今作では彼女自身が社会に触れて、寂しいと言う気持ちを抱きながら、様々な願いを託していたようにも見えました。
そして綾波レイは、Qからずっと初号機に乗り続け、シンジ君が二度とエヴァに乗らなくていいようにと願い続けました。
しかしシンジ君は戻ってきました。彼女をエヴァから解放するために。今度こそ、綾波レイは誰にも捕らわれず、彼女の心の赴くままに生きて行けるように。
アスカもまた、旧と形は違いますが、彼女なりの孤独に苦しんでいました。しかしシンでは、彼女は彼女のあり方をみつけ、自分が認められるだけに戦っていたのが、守るもののために戦っていました。
旧で子供のまま、赤い海と何もない地球に残された二人を解放するような結末。
そしてアスカでもレイでもない、新しい人と前に進みだす結末。
この毒抜きされたエヴァを、「がっかり」と思う人もいるでしょう。
けれど、私も旧時代はシンジ君と同い年、Qの時もシンジ君と同い年、そして今はもうシンジ君よりもミサトさんに近い年齢。
キャラクター達には幸せであってほしいのです。
そのため、シン・エヴァンゲリオンは、シン・エヴァンゲリオンが好きな人、もしくは旧から続く物語の結末を見届けない人向けのものになっています。
映画も二週目に入れば、多くの人がそろそろいいかなと思い、ツイッターでも遠慮なく叫べる日が来るでしょう。
遠慮なくいいねを押せる日くるのが楽しみです。