三十路からのデスマーチ

何気ない日常がもしかしたら誰かの役に立つかもしれない。

日本の端っこでオーバーブッキング

なんらかの事情で航空会社が席を確保できず「お客様の中に、次の便でいっか~、と余裕のある方はいらっしゃいませんかーーー!」と叫ぶ回数は、お医者さんを探すよりも確率が高いと言われています。

東京から主要都市に行く時に起こることが多く、出張中の人や学生さんが「いっちょ航空会社を救ってやりますか」と席を立ち、申し出たらすでに他の人からも申し出が殺到していた、なんてこともあるオーバーブッキング。当日便乗り換えなら7500マイルか現金1万円を選べる謝礼があるので、やぶさかではないという人も多いです。

 

時間に余裕のある人ならば謝礼金、もしくは謝礼マイル獲得チャンスとして、アナウンスが流れた瞬間に航空会社の窓口に走るといいます。喫茶店にいたらもうだめです。聞いた瞬間に行かなければ他の人が謝礼を受け取ってしまうかもしれないのです。

中には申し出てたけどブッキングが発生せず普通に乗れるのに「なんで謝礼がない」と逆にクレームをつけるモンスターが発生して飛行機の離陸が遅れることもあると言います。

 

そのため日本では無理矢理引きずり下ろしたりなどということはなく、誰も挙手しなかった場合、時間以内に搭乗口にこなかった人の席が譲られる仕組みになっているといいます。

 

私は何度か飛行機を利用しているときにアナウンスを聞き、「いや~残念っすわ~こっちの便なら譲るのに~」と思っていました。

 

それが

 

なんと

 

ついに私の乗る便で出くわしたのです!

 

この時の募集人数は1名。周りを見渡せばカップルやご家族連れや女子会旅行のグループで溢れていました。

 

ぼっち私だけじゃん

 

しかも保安検査所通過しちゃったよ。いや~残念っすわ~。

 

そう思って座席でツイッターを眺めていたらまたもや募集のアナウンスが。

 

これは…連休前ということもあり出張の人もおらず単身で飛行に乗るような乗客もいないということか…。

 

そう気付くと、何故だか「お前一人なんだから次の便に行けよ。どうせ待ってる人も予定もないんだから。」という幻聴が聞こえてくるのです。

 

いやでも保安検査所通過しちゃったし…いいのか? 行ったらすでに締め切ってたりしない?

そんな不安を抱えながら保安検査所の職員さんに申し出ました。

 

ここからが長かった…。

 

まず、保安検査所の職員さんは航空会社の人ではないので「では窓口に行って下さい」と搭乗待合室から一旦出されます。

航空会社の受付カウンターに行くと、搭乗手続き中の利用者の列に並んで待たないと行けません。

面倒くさっ!と思っては負けなので、この先に航空会社スタッフの笑顔があると思って待ちます。

 

締め切られていた場合飛行機に乗れるのか…?

私はいらない子なのでは…。

 

そんな思いを抱えながらカウンターで申し出るとそこには安心したようなスタッフさんの笑顔が!!

「御協力ありがとうございます!」

その一言でこのハラハラ感が消えていきます。

いえいえ、そんな、いつもお世話になってますし…等と会話している場合ではありません。離陸時間が迫ってます。

 

そこでは名前と住所を書いて、もし席が確保できた場合はそのまま乗ることと、確保できなかった場合のみ便の移動と謝礼が発生するとこを了承します。

 

手続きを一旦終えると再び保安検査所に向かいます。そこにも長蛇の列がありますが私はもう余裕のよっちゃんなので「おん、ええで。もう一度検査したらええんじゃな。」と並んでいたらアナウンスで私の名を呼ぶ声が…。搭乗窓口にお越し下さいと言われてもまだ保安検査所通過しちゃってないよ??

ええええええ!!?と焦りつつもスタッフさんがいないので、普通に手荷物検査を受けて検査所を通り、私が呼ばれた柳沢ですと搭乗口で申し出ます。

ここでやっと席が確保できないので次の便でお願いしますということになるのです。

保安検査所からまた出て、飛行機が離陸するのを待ちそこで書類に署名して、新しい便の航空券と謝礼をいただきます。

 

といった一連の流れで航空会社の感謝と謝礼をいただきました。

次の便も二時間以上待ち、周りに空港以外にお店もなく、早い時間帯だったので空港内で過ごしましたが、もし予定が入っていたら絶対にできませんでした。

だって地方民。朝一番にTDLTDSに行こうとしたら早朝便に乗るしかないのです。それに乗っても開園にぎりぎり間に合わないのです。コミケの一般参加なんか始発組の後の長蛇の列に並ぶしかできません。サークル参加は確実に間に合いません。

そんなギリギリの状態ならば「残念っすわ~」と聞こえないふりをしていたかもしれませんが、奇跡的に余裕をもって早朝便を予約していました。

同行者がいてもできませんでした。

オーバーブッキングは日本の航空会社ではめったに起きないように工夫がされているといいます。

もしも私が移動しなかったら、何かの事情でギリギリ間に合わなかった人が乗れなかったのかもしれません。

そう思うと、今後も余裕をもって保安検査所を通過しようと感じました。

トラウマアニメ「ウミガメと少年」

子どもにも戦争の悲惨さを知ってもらおうと、数々のアニメ作品が作られました。中には大きなお友達が「これ……声優の○○さんやんけ……!!」と物語そっちのけにきになってしまったり、逆にその演技力に涙がほとばしるという人もいます。

戦争作品の実写版は、規制のかからない「グロ」表現ができるジャンルという人もいるほど、惨たらしく残忍な描写の作品もあります。

それが子供向けアニメになったからといって、手を抜くといつから勘違いしていた……?

そんな問いかけが聞こえてくる作品が多々あります。

時にはクレヨンを使ったり、時には不穏な音や簡略化された絵を使ったりと、子供ができるだけトラウマにならないような配慮をしていますが、中には大人でもしばらくしんどい気持ちになってしまう作品もあります。

それが「ウミガメと少年」

この作品は、那覇から空襲を逃れて疎開してきた少年の物語です。

なるほど、孤独な少年とウミガメの交流を描くんだな。

そんな気持ちで見始めていたのに、どうしてこうなったという結末が待っているのです。

目の前で惨たらしく友人二人を失った主人公が、ウミガメの産卵を目撃し、彼らと一緒に見るはずだったウミガメの卵の孵化を見届けようと安全な場所まで卵を運ぶのですが(ウミガメの卵は上下逆にすると中で死んでしまうと言う説もあるらしいですが)、空腹のあまり少年はその卵を……という結末。

戦争はこんなに悲惨なんだよということを描くには十分悲惨でその日は食事が喉を通らなくなりそうな結末。

想像力が逞しいひとなら「凧になったお母さん」もかなりしんどい作品だと思います。私はこの作品を観た時に「マギ」の白龍を思い出してしまって、余計しんどくなりました。

 

「砲台に消えた子どもたち」は子供向け文学版の「ミスト」

バッドエンドが好きな人は一定数います。

そんなあなたの一番最初のバッドエンド体験はなんですか?と聞かれ、いろんな漫画やトラウマゲームなどの作品名も上がるのですが、私の中では一番最初の体験は間違いなく戦争系の作品でした。

幼少期に触れた有名な戦争を題材とした作品、ビッグネームの「火垂るの墓」。

幼いころから、お母さんとの対面シーンは人生初のトラウマアニメのワンシーンとして残っています。

その後私はそんなトラウマを抱きながらも、小学生の頃には図書館に通い詰め戦争文学の本棚を読みふけるという一般的な小学生が過ごさないような時期を過ごしていました。

当時、私の時代には「学校の怪談」と呼ばれるシリーズ作品が大変流行しており、学校の怪談の作品の中にも戦死した霊が出てくるという流れがスタンダードでした。そんなこともあり、怪談よりももっと怖い話が読みたいと思ってたどり着いたのが戦争文学でした。

子供向けの戦争文学は、敗戦の中命からがら逃げる兵隊さんの話や、疎開した子供の話などなど、悲惨なはなしばかりなのです。

 

その中でもなかなかの悲惨さなのが

「砲台に消えた子どもたち」

野村昇司(著) 

https://www.amazon.co.jp/gp/product/B000JBTBF0/ref=as_li_tl?ie=UTF8&tag=sheeeeep0f-22&camp=247&creative=1211&linkCode=as2&creativeASIN=B000JBTBF0&linkId=1c9f63f4fc3dc44146a62a33864fdc36

 

この作品、ドラマチックで読み物としてもおもしろいのです。 

疎開してきた少年が主人公の作品なのですが、疎開先の子供たちと徐々に打ち解けていき、仲たがいしていた子達とも仲良くなっていくのが小説として大変読みごたえがあるのです。

主人公が物資の乏しい中盲腸になり、そこから生還したときはここがクライマックスだと思いました。

戦争は終わったんです。空襲もないのです。

しかし、最後にとんでもないどんでん返しがあるのです。

今思えばこの作品は、子供向け小説版「ミスト」でした。

タイトルからすでにクライマックスなのですが、そこに至るまでの子供たちの物語がきらきらしていて、最後の最後でひっくり返される無慈悲さ。

しかも、この作品、実在の事件をもとに作られた作品でした。

色々な気持ちがこみ上げますが、良い作品なので子供向けと思わずに「ミスト」のようなどんでん返しが欲しい人にはおすすめです。 

 

 

ニンジャバットマンが初見にもファンにもすごかった

ニンジャバットマンがヤバイという感想をツイッターなどでよく見かけたのですが、何を言ってもネタバレになるというジレンマを抱えながらも、見て欲しいという気持ちが素直ににじみ出た感想だと思います。

 

でもバットマンってよく知らないし、なんか色々キャラ出てくるし、見ただけじゃ分からないんじゃないの?

 

そんな敷居の高さを感じている人もいるかと思いますが、公式の自己紹介を見て「仲間が四人と執事がいるんだな」くらいの気持ちで大丈夫です。悪者をやっつけるんだな、くらいの気持ちで大丈夫です。

猫耳付けた可愛い女子はルパンでいう富士子ちゃんだと思っていただければ大丈夫です。

とりあえずみんなで悪いやつをやっつけるんだな、くらいの気持ちで大丈夫なのです。

 

ですがあえて、あえて準備するならば

 

二代目ロビンこと、ジェイソン・トッドというキャラクターのことを調べてから行っていただけるとより楽しめます。

見なくても楽しめます。

観終わった後にツイッターを見て、

「ブルースのメンタルはこんなもんじゃない。」

「ダミアンの性格が違う。」

「ロビンはカウル取り合ったの? 」

「デスストロークさん何回ディックを勧誘したんだろう。」

という感想が出てきていると思うのですが、気になる人は、ぜひとも原作を読んでいただけると幸いです。邦訳本もたくさん出ています。

 

以下ネタバレ

 

 

終始「どうゆうこと? 」という展開の目白押しでフルCGで展開するクオリティの高い映画なのですが、あるシーンだけタッチが変わるのです。

例えるなら、ハウルの動く城を見ていたら、突然かぐや姫の物語が入ってきたようなそんなタッチ。

例えるなら、ポプテピピックの間のボブネミミッミを見たような衝撃。

 

それが、爆死したはずのジョーカーとハーレクインにそっくりな農夫婦のところに、虚無僧姿のレッドフードがやってくるシーンなのです。

それまで、殴り合い蹴り合いはあったけど、バイオレンスな雰囲気でもなかったのに、ここで突然はさまれるバイオレンスシーン。ここだけ切り取るとR15の別映画のような雰囲気なのです。

突然殴られて倒れた妻を庇う夫、それに執拗に暴力を振るう虚無僧。さっきまで城を変形させたりゴリラが温泉に入ったりどういうこと?と思っていた観客をさらにどういうこと?とさせるシーンです。

これは、訓練されたバットマンファンには「あ……。」と胸が詰まるシーンでもあります。

二代目ロビンこと、レッドフードは、ジョーカーに殺されているんです。

つってもアメコミって人すぐ生き返るでしょ? と思われてしまうかもしれないのですが、アメコミの中には「ただし○○を除く」とネタにされるほど生き返らないことが定説だったキャラクターがいるんです。

その一人が彼、ジェイソン・トッドでした。

しかも彼はファンの投票で生死を決められた不遇なキャラなのです。

今回の映画では「やれやれ。」という顔(顔はほとんど見えてませんが)でバットマンのために働いていますが、一時期は自分を殺したジョーカーを野放しにしていることに対して、二人の間で凄まじい戦いもありました。

レッドフードにとってはジョーカーは常に殺したい存在なのです。

 

このシーンはジョーカーの狂気的な印象を濃くするものでもあると同時に、バットマンファンには原作に忠実なロビンを見せてくれた重要なシーンでもあります。

 

原作を知らない人でも、虚無僧のロビンはやばいし、ジョーカーはもっとやばいと教えてくれるシーンなので、初見の人でもそれほどひっかからず観れると思います。

 

 

耳が痛くなった話し治療編

外耳道炎

それが私に眠れもしないほどの重傷を与えた耳痛の原因でした。

耳掃除のし過ぎ、もしくはプールに入った後になることのある病気らしく、原因だけ伝えられると子供のかかる病気のようにしか思えません。

 

しかし私の耳はそれを発症し、何故か本来なら人体の負けるはずのない緑膿菌にまで負けて点滴を打つことになってしまったのです。

「この点滴が効かなかったら、入院だよ。」

抗生物質の服用で改善しない私に、先生が言いました。

生まれて初めての入院イベントをこんなことでしたくなかった私は、点滴が効くようにのどに白かゆを流し込み、点滴に通いました。

 

この間約一週間。毎日病院に通い、最終的には朝夕の点滴まですることになりました。前職ではとても治療できずに入院決定な状況です。

 

私にとってこの病気は膀胱炎に次いで二度と患いたくない病気の一つとなりました。

 

リンパが腫れて顎が閉じず食事が流動食しかできない。

痛くて目が覚める。

朝夕の点滴が嫌だ。

 

それも大きな理由ですが、一番は治療の一つの耳洗浄なのです。

一回目は耳に洗浄液だけを入れました。それ自体は痛かったのですが、耳の中を掃除しているなぁという程度だったのです。

 

二回目は違いました。

上がるベッド。近づくライト。あれ? そんな金具の音したっけ? という金属音。

洗浄液が入ったなと思ったら、耳の中で虫歯治療をするときの「キュイーンンンンンンガガガガキューィィィィィィィンンンン」という音がし始めるのですよ。

 

私が若かったら泣き叫んでいました。

 

東京喰種の金木君ですら、耳に〇〇〇を入れられる前に「今から入れるよ。」と言われていたのに、私の場合は予告もなしに耳の中で虫歯治療が始まったのです。

ビクンビクンと死にかけた魚のように震える私を抑える看護士さん二人。

耳で行われる工事。

 

まるで拷問でした。

 

みなさんくれぐれも、耳掃除と不摂生にはご注意ください。

 

 

 

眠れないほど耳が痛くなった話し

旅行に行ったり映画を観たり、楽しい初夏を過ごしていた私ですが、その時はそっとやってきました。

私は耳に時々ニキビができるので、その時も「ニキビかな」と安易に思って薬を塗ったりしていました。

そのため薬を塗ってその日は眠ったのですが、午前3時耳の痛みで目が覚めました。

耳が痛いと、頭痛までしてくるんですよ。

もっと言うと、顎まで痛くなるので食事ができなくなるのです。その日は水と豆乳しか胃袋に入れませんでした。

仕事を終えて私が耳鼻科にいったのは夕方。お子さんたちの阿鼻叫喚であふれていました

睡眠不足に加えて絶食でぐったりとして座っていました。

先生は私の耳を見て「腫れていて中がみえない」とおっしゃいました。

生まれて初めて耳の中を見てそんなことを言われました。

原因はおそらく耳掃除のしすぎ。炎症を起こしているので掃除をしてもらいます。

耳の穴にガーゼを入れられた時、痛かったのは最初だけであとはなにかガサゴソガサゴソという音が延々としていました。

この時私に頭の中によぎっていたのは、東京喰種という作品の主人公が耳の中に〇〇〇を入れられるという拷問を受けていたシーンでした。

かさねて言います。痛くはなかったのです。

けれど耳の中をガサゴソガサゴソと音が聞こえるのは、さしづめ何か得体のしれないものが耳の中に入っているようでございました。

薄い本のジャンルには耳〇というジャンルもあるそうなのですが、ちっとも理解できませんでした。

耳掃除をしすぎたばかりにこんな目に遭ったのです。

そう思うと悲しくてせつなくて「触らないでぇぇぇぇぇ」と叫びお子さんの声を聞きながら泣きそうでした。

薬をもらい、食後に飲めと言われても食ができない状況だったので、豆乳を飲んでから薬を飲みました。

ディストピア飯という言葉が頭をよぎりました。

梅雨は特に体調を崩しやすい時期と言います。

皆さまもお気を付けください。さもないとあなたも私のように、耳〇とディストピア飯という悲しい体験をしなくてはならないかもしれません。

 

そして誰もいなくなる

私の住む県は若者が地方に流れ出た割合が周りの都道府県に比べてワースト1位というありさまです。

良いことです。

ないものを求めて行動力ある若者が逞しく成長し、巣立って行くのです。

良いことです。

年を取れば転職もしずらく体力もなく引っ越しなどなかなか気が引けてしまいます。若いうちに自分の求めるものを求め行動することは良いことです。

そして残された街にはデイサービスの事務所が増え、商店街は閑散とし、イオンやジャスコゆめタウンは空きテナントだらけという現実が残ります。

いえ、それらがあればまだいい方なのかもしれません。

一つしかなかったコンビニ(24時間営業に非ず)すらたちさり、唯一の本屋も閉店。仕出し屋は残っているけれどマックはない。モスは片道一時間弱な場所もあるのです。

周りに物があるというのは、選択の幅の広さを表します。

時々「良いものは金を出して買え」という言葉を聞きますが、その良いものがまず手に入らないのです。

オーダーメイドの靴やスーツがいいのは分かります。でもそれを求めて新幹線で県外に行かなくてはいけないこの現状。

現在ではネットが普及し、欲しいものが手に入りやすくなりましたね。ありがたいことです。

しかし、相変わらず若者が旅立つ場所には、映画館や美術館などの問題が控えています。

ツイッターでフォローしているイベントはだいたい新幹線か飛行機で行かねばなりません。

おしゃれなカフェはできたと思ったら潰れ、スタバができれば前日から並んでいくスタイル。

しかしこれはやむを得ないことなのですよ。

若者のために映画館を作っても、採算がとれなければ潰れます。そして次に成長した若者がますます旅立っていくのです。

これに歯止めをかけるには新婚さんや出産育児で大変な時期の年代をいかに呼び込めるかにかかっているのですが、福岡の某所のように成功するためには、近場に充実した都市街が必要なのです。電車で30分で天神や博多に行けるとか。

このまま誰もいなくなってスーパーもなくなったときにはどうするのか。

自己防衛の占い師さんに倣って、国に頼らない生き方をすべきなのかもしれません。

そして野草や野池で採れた魚を食べる人のサイトを、今日もめぐるのです。