三十路からのデスマーチ

何気ない日常がもしかしたら誰かの役に立つかもしれない。

簡単!美味しい!邪道!の三拍子そろった「トリッパのトマト煮」

お題「#おうち時間

 

自宅から出れない日々を皆さまどうお過ごしでしょうか。

職場で「今家でお菓子作りをする人が多くて全然小麦粉売ってないんですよ~。」というのを聞きながら、その話題が自分に回ってこないことを祈りました。

私は海老の殻や野菜の廃棄部分でだしを取るのに夢中ですとは言いづらかったからです。

そんな私のSTAY HOMEに新たな食材がやってきました。

ハチノスです。

以前ハチノスと格闘したことをブログにしましたが、今回は処理済のハチノスを手に入れました。綺麗な乳白色のハチノスを手に入れました。やったね。

その日はウキウキでハチノスを煮込んで柔らかくするのにSTAY HOMEしました。

 

そして迎えた連休直前。

STAY HOME前の買い出しに行くと、ハチノスを手に入れた場所に行きました。そこには、やはりハチノスがおなじみの顔のような雰囲気を漂わせて並んでいました。

 

え? 去年まではそこにいなかったよね? そんな私の問いかけに、ただ黙って並ぶg160円のハチノス。

 

さすがに私も気づきました。

この前ハチノスを見かけた時は「ヒュ~店長分かってるねぇ~ハチノスの需要がここにあるってこ☆と☆を☆」などとのんきに考えていましたが、今回は違います。

このハチノスの流通経路を思い「あっ(察し)」と目を伏せました。

 

私が手に入れたハチノスは、おそらく、焼肉や中華やイタリアン等の飲食店に行く予定だったのでしょう。

そこで、ハチノス刺しになったり、火鍋になったり、トリッパのトマト煮になったりする予定だったのでしょう。

しかしSTAY HOMEの嵐で店は自粛、もしくは来店者の減少で食材が不要になり、食肉加工業者はスーパーに卸したのでしょう。

黒いぼそぼそとした汚れは、一般家庭でも食べやすいようにとスーパーで取り除かれたのかもしれません。

 

そんな普段とは違う流通経路をたどったこのハチノスの利益は、スーパーや卸業者等販売するまでに経由した人たちにとって黒字なのか赤字なのか。このSTAY HOMEはいつまで続くのか。はたしていつになったらこのSTAY HOMEから抜け出せるのか。

 

そんなことを考えながら、仕入れてくれたスーパー、食べやすいように処理してくれたどなたかに感謝してハチノスを手に取ったわけであります。

 

さて、手に入れたハチノスはすでに真っ白で臭みもあまりありませんでした。しかしながら、念を入れてセロリの葉の部分で一時間ほど下茹でをしました。

ここでセロリを入れる必要はないのですが、入れるとモツ独特の臭みが消えて下茹での時に憂鬱な気持ちにならなくてすみます。

 

ゆであがったハチノスはもっちりとして臭みもなく、セロリの風味もあまり付いていないほぼ無味のハチノスになりました。

 

この状態のハチノスは、カレーに入れても美味しく、塩とごま油をかけてハチノス刺しにするとおいしいおつまみになります。もちろん焼肉にしても美味しいです。

 

無限のバリエーションがありますが、私はこれを邪道なトマト煮にします。

 

邪道なトマト煮なので調味料はあまり入れません。

必要なのは

セロリ…1本(葉を下茹でに使った残り)

トマト…1個(生でも缶でもOK)

白ワイン…150mlくらい

ハチノス…200gくらい

レトルトミートソース…1袋

です。

 

トリッパのトマト煮はニンニクやニンジン、玉ねぎなどの各種香味野菜や塩コショウが必要になりますが、これは邪道なトリッパのトマト煮なのであってもなくてもお好みと感性で作ってよいのです。

 

STAY HOME中に本格的なトリッパを作りたいと思った方は、ググればイタリアンレストランのシェフや料理研究家の方々がブログやYOUTUBEをUPしていますので、おそらくここに流れ着くことはないかと思います。

 

私は、近所のイタリアンレストランのテイクアウトをお願いした方が美味しいしコスパが安いだろうけど、甘味が強くて適当においしいトリッパのトマト煮が作りたいなという怠慢な発想から生み出しました。

 

この邪道トリッパのトマト煮は、セロリをみじん切りにしてやや透明になるまで炒め終わったら、トマトとハチノスとワインと一緒に鍋でコトコト煮詰めて、最終的に水分があらかた飛んだらすべての味付けをミートソースに委ねて煮るだけという、適量を見誤らなければそこそこ美味しくできます。

モツ臭い方が好きだという人は、セロリはなくても良いです。モツ臭くなります。

ニンニクの香りが欲しいという人はニンニクも一緒に入れた方が美味しくなります。とにかく自分の舌と直感を信じて作る邪道なトリッパのトマト煮です。

 

ミートソースはダ●ソー等の100円ショップで販売されている肉の少ないミートソースで作ると、白ワインとトマトの酸味が合わさってちょうどよい甘さになりました。

 

トリッパのトマト煮に挑戦してみたいけど失敗したくないなと思ったときは、この邪道な作り方を是非ともお試しください。

 

 

 

 

 

いじめっ子が壮絶に死んでいく映画「ミスミソウ」

昨今、漫画原作の作品が叩かれる傾向にあります。しかし、その中に大成功を収める作品もあります。

そんな貴重な作品が「ミスミソウ」です。

 

あらすじ

大都会東京から田舎に引っ越してきた主人公。卒業間近に壮絶ないじめに遭うようになりついには家を放火されてしまう。両親を失い、妹は重体。そんな中、主人公をいじめていた生徒たちから、放火をしたのは自分たちだということを言われて…。

 

ホラーギャグマンガ作品を生み出すことで有名な押切蓮介先生。幽霊を素手でしばいたり、強いお婆ちゃんが出てくる作品群と、そこに時々挟まれる、凄惨で残酷な作品に温度差で体調を崩しそうな幅広さを持っています。

 

そんな押切先生が、コメディ要素をすべて取り除いて作り上げた漫画ミスミソウのあらすじは、とてもシンプルでわかりやすいです。

複雑な人間関係は一切なし。

家族を焼き殺された女の子の復讐の物語です。

この作品の舞台は、ゲームセンターもカラオケもない、田舎の集落です。

娯楽のない子供たちは、東京から来た主人公をいじめの標的にし、それを担任教師もとがめないことからいじめはどんどんエスカレートしていくという出だしです。

主人公には、助けようとしてくれる同級生の男の子や、いじめを受ける娘を守ろうとする優しい両親もいます。

いじめに遭うことはつらいけれど、卒業すれば主人公には明るい未来があることが予想されます。

対していじめっこたちは、虐待をする親がいたり、いじめられているのに親は真剣にみていないような雰囲気が合ったり(長かった髪の毛を切られてもあまり気にする様子がない)、将来を勝手に決めつけたりと、家庭に問題があることがうかがえます。

ストレスまみれの生徒たちはついに一線を越えてしまいます。

 

ミスミソウは救いがないという作品ですが、主人公のモノローグが少なく、復讐をしているのに達成感を感じたり、逆に後ろめたさを感じたりということはなく、ただ疲れたような顔をしているのが特徴的です。

作品のなかでも、主人公を引き取った祖父が心配そうに、家に帰るとただ眠っている、と言います。

「復讐なんか、君の両親は望んでいない!」

ときれいごとを言うヒーローはでてきません。主人公が一番よく知っています。彼女の両親なら、自分たちのことはいいから、春花は幸せになりなさいと、絶対に言います。

しかし主人公は、家が燃えるのを見たあの日に、壊れてしまったのです。

主人公の最愛の家族は焼き殺され、大切な妹は意識が戻らず大やけどのまま昏睡状態なのです。

彼女は淡々と復讐を続けていきます。

原作の漫画は、いじめられていた主人公の日常→放火→復讐の日々と淡々と静かに物語が進んで行き、結末を迎えます。

明確には主人公がどうなったか描かれていません。

主人公の祖父の言葉で幕を閉じ、この復讐がなにも残さなかったことを暗示させます。

 

さて、映画はどうかというと、結末がやや違うのです。

間にも描写が追加されています。

ミスミソウの舞台は冬なのですが、回想シーンに夏服の主人公がはさまれます。

笑っていて、友達とアイスを食べる、きらきらしたシーンが挿入されます。

原作では、生死不明(おそらく死亡)だったキャラクターが、笑っていたころの主人公に想いを馳せるシーンが結末に挟まれています。

 

漫画の結末は、むなしさ、悲しさが強く残ります。

映画の結末は、陰鬱だった日常の前には、笑っていた主人公がいたのだと思わせ、一層悲しさを感じさせます。

しかし、主人公の人生は悲しいだけじゃなかった、彼女を想っている友達がいたと思わせてくれます。

 

このキラキラと輝く青春の雰囲気は、実写だったから描くことができたシーンです。

薄い夏服の布地、明るい陽射し、笑っている主人公。

このワンシーンは押切先生の作風では描けないシーンです。

ここだけ少女漫画のようです。

 

これを一言で、どっちがいい、悪いとは言えません。

 

表現の仕方が違うだけで、どっちも最高なのです。

 

陰鬱さの最後にもの悲しさを残した原作も、陰鬱なだけではなく、輝いていた主人公を見せた映画も、良いものです。

なによりどちらも、いじめっ子への報復はきっちりしていますので、すっきりと見終えることができます。

 

 

もしも、いじめ子が壮絶に惨たらしく殺される作品が見たいなと思ったら、ぜひとも見てみてください。

 

 

 

 

 

 

髪の毛を伸ばすだけの簡単なボランティア

 ヘアドネーションというボランティアを知ったのは十年近く前のことでした。
 海外の少年が周りの大人や子供に馬鹿にされながら髪の毛を伸ばし続け、寄付した話に感銘を受けて、せっせと伸ばしました。
 
 髪の毛をのばすだけなんだから、簡単。むしろ美容院のカット代が浮くんだから一石二鳥ではないのだろうか。

 そんなことを最初に思っていた自分の顔をひっぱたきたいような時間を過ごしました。
 男性は想像しづらいかと思いますが、髪の毛というのは長いといろんな弊害が出てくるのです。

 

 髪の毛が長いと、絡むんですよ。首に。

 

 寝ているときに寝返りを打とうものなら、首に絡まりに絡みます。夏場は最悪です。うなされます。自分の髪の毛で自分の首を絞めているのです。

 

 それだけではありません。

 

 洗うのも乾かすのもとにかく面倒くさい。

 洗う時に絡みに絡んでごそっと髪の毛が抜けるのです。
 ジャパニーズホラーにある、髪の毛がごっそり絡んでいる排水溝。リアルで毎日が呪怨です。

 

 床にも長い髪の毛が落ちます。洗濯物にも気づけば絡みます。長いことでこんなにも生活に支障が出るのかとうんざりします。


 きれいな長い黒髪は、持ち主のたぐいまれなる愛情と丁寧な手入れがあってこそあり続けます。何もしないロングヘアーはぼさぼさと絡まり跳ねまわり「呪怨列島」といような心霊DVDがタイトルの背景画像として使われる一松人形のような有様です。

 夏場はまとめていても暑く、冬場は乾かすのが大変という、まるで呪いのような存在。
 
 それでもこの髪の毛が必要な子供たちの元へ行くのならと伸ばして31cmを越えるとやっと解放されるのです。

 そんな献血よりも気軽にできないボランティア、ヘアドネーション。最近では女優さんやユーチューバーの方々も参加しているので、知名度も上がってきました。

 

 大変だったけど、もう一度ヘアドネーションに参加しようか、と思い、ヘアドネーションの活動をしている「JHD&C」のホームページをのぞいたら、私が知っている時よりもずっと見やすいホームページになって驚きました。

 

 知名度が上がったから寄付とかも増えたのかな~いろんな活動もしているみたいだし。これでもっとたくさんの髪の毛が集まると良いな。

 

 と思っていると…受付中止の文字が…。

 

 

 

 

 

コロナァァァァァァァァ!!
 

マスク以外なら大体手に入る

東京に住んでいると家族友人から「大丈夫? 足りないものがあったら送るよ。」「自粛で外に出られないんでしょ? 大変だね。」と心配のメッセージが届きます。

私自身、今まで身体を壊したことはあるし車にはねられたこともあるしで、あまり身体が丈夫なほうでもなければ、運がいい方でもありません。

しかし、緊急事態宣言前と後では仕事の状態はまったく変わらず、通勤しています。

 

通勤しているのです。

 

すなわち

 

外に出ないといけないのです。

 

「この人お金欲しさに自粛を守ってないわ!最低!」

 

という非難は弊社に向けてください。政府からの自粛を無視して社員を通勤させているのは弊社なのです。私は自粛する気満々なのです。でも弊社が自粛させてくれないのです。

 

 

人もまばらな渋谷のまちで東京都知事の声や江頭2:50さんの声が「自粛して!外に出ないで!」と叫ぶのですが、ここで買い物をしなかったら上司に怒られます。

 

どこのSF映画に迷い込んだのかと思ってしまうような光景でした。

 

HUMAN LOST 人間失格

 

太宰治の代表作「人間失格」を大胆にアレンジというか登場人物の名前と配置はそれっぽくしてところどころオマージュを感じるところを残しつつ全く別の作品に仕上げたアニメ映画。

その作中で高度に医療が発達しすぎて「19時間労働」させられる一般市民という設定があり「笑うに笑えない……。」と思って渋い顔をしたのですが、今の日本の状態を観ていると「この国ならやる。」という確信が生まれました。

 

 

東京の人はみんなリモートワークしてんのか~いいな~うちもしたいな~

 

と思っている人もいるかもしれませんが、案外そうでもないです。平日の通勤時間帯の電車の乗車率は100%超えてます。

 

物の流れも停まっていないのでスーパーで食料は買えますし、お米も一時棚から消えていましたが今はぎっしり棚に入っています。

トイレットペーパーも少しずつではありますが、ドラッグストアやスーパーで買えるようになってきました。

 

嗜好品の販売店や飲食店等は営業を自粛しているので、夜遅くまで開いていなかったり、休業している商業施設もありますが、生きるのに不自由はありません。

 

戦後のもののない時代に比べれば、水道もしっかり通ってるし、電気もつくし、電車にも乗れるし、生きるのに不自由はありません。

 

だからあまり東京を心配しなくても大丈夫です。

 

いつか人類は滅びるのですから。

 

 

 

 

 

 

自己責任社会の結果

パニックホラー映画を観たことありますか?

 

モンスターが襲ってくる、ゾンビ化するウィルスが蔓延する、街が霧に包まれる等など様々なネタを使った映画がありますよね。

 

そんな時、慣れた人なら「ここで籠城する!外は危険だ!」という展開を観ると「いやwww早くそこから逃げろよwww」ってなりますよね。

 

 

政府が「大丈夫です、物資は届きます、マスクも配ります、大丈夫です。お願いですから外出を自粛してください。」

 

って言っても

 

「いやいやwwwこういうときの政府が充てになるかよwww」ってなりますよね。

 

「政府がなとかしてくれる。」って言ってるキャラクターから死んでいきますよね。

 

事実は小説より奇なりと言います。

 

謎のウィルスが世界中で蔓延し、日々死者を増やしていく中、政府がとった行動とは。

 

  1. 病院を増やす
  2. 道路を封鎖する
  3. 国民が自宅待機できるように生活費を補償する

 

等など。各国政府が国民を守る行動をする中、とある国では主に報道されるのは

「要請だけしてこれから先のことは考えるとし、収束したら旅行券とか商品券を配ろう、和牛とかもいいかな。」

という内容。

 

世界規模でみれば暴動が起きます。

 

でもその国の国民は世界規模で見ても有名なおとなしい国民性であり、一つの行動理念をもっています。

 

自己責任

 

これは、他者をあてにせず、自分の力で自分を守る行動を選択しよう、という行動理念です。

 

 

未知のウィルスが蔓延しているのであれば、これからどうなるかわかりません。物資を蓄えなければいけません。封鎖される都市から早めに脱出することも重要です。

 

スーパーから物が無くなるという情報を手に入れれば、早めの行動が肝心です。政府が「大丈夫です!自粛してください」といっても、棚は空っぽです。時間がある人は開店前から並びます。自分を守らないといけませんから。誰も助けてくれないのです。

 

他の国から見ると「ええ~!!政府が何の補償もしてくれないの~!!?(なんで暴動起きないの?)」というレベルですが、法律の中で暴れる国民性なので、暴動は起きなくとも国民の心は荒んでいきます。

 

「不要不急の外出を控えてください!お願いします!」と言われても、命を守る行動をとっているので不要不急ではありません。

 

 

そんな人たちには「イタリアでは実家に帰った人たちがウィルスを運んで死者がたくさん出た」と言われても「だって自分には症状がないし、ウィルスがはいっていないかもしれないでしょ。それよりもこのままここにいるほうが不安。」となります。

 

政府の要請を受けて自粛してウィルスにかかっても「政府なんか信じないで自分で考えて行動しなきゃwww」と言われるのが自己責任社会です。

 

この国には「無敵の人」という言葉があります。

未来に希望がなく、自分の命と社会に対して憎しみしかもっていない、無差別に人を殺傷する事件を起こしてしまえる人を指して言われます。

 

自己責任の先はこの「無敵」状態を作りだすのではないかと、この国の様子を見ていて感じました。

 

 

不安なことばかりですが、良いニュースもあります。

 

何故か、この国ではウィルスの感染爆発が抑えられているのです。

 

その理由は、おそらく

 

・ボディタッチが少ない

・きれいな水があるので手洗いうがいがこまめにできる

・公衆衛生が世界トップレベ

 

なんです。

「こんな簡単なことで防げるなら世界でここまで流行るはずないだろ!」と思う人もいるのですが、世界ではこれは簡単じゃないんですよ!!!!

 

今こそ自分を守るために、手を洗い、うがいをし、おしゃべりをするときは壁に向かってすること、それが自己防衛なのです。

 

 

独特の文化をもつ村人と現代の大学生の交流を描いた映画「ミッドサマー」


『ミッドサマー』本国ティザー予告(日本語字幕付き)|2020年2月公開

大人気の映画ミッドサマー。セラピー映画や恋愛ドラマとして大人気ですね。

私も拝見してきました。

 

知らない方はいないと思うのですが、ミッドサマーは不慮の事故で家族を失い、天涯孤独となった主人公、ダニーが北欧のホルガ村で様々な体験をし、村の人たちと交流を重ねて、悲しい出来事から立ち直っていくと言う物語です。

 

以下ネタバレ内容。

 

家族の死後、ダニーは家族や両親という言葉に激しい悲しみを感じて、泣きだしてしまいそうになります。しかし、そんな一般的な言葉で号泣してしまっては周りの人たちに迷惑をかけてしまうので、一生懸命押し殺します。

 

ダニーを支えてくれるのは恋人のクリスチャンです。

 

しかしダニーは、このままクリスチャンに依存していてはいけないと感じています。彼は優しい言葉をかけてくれるけれど、自分は彼にとって重しになっている。本当なら別れなければいけないと、薄々思っているのです。

けれどダニーには、家族を失って恋人とも別れることはできませんでした。

 

ある日、恋人のクリスチャンが北欧に旅行に行くことを知ります。

 

直前まで旅行に行こうか迷っていたけど、行くことにしたんだとクリスチャンは説明し、友人たちから君も一緒に行かないか誘えと言われていると言います。

 

自分が行って迷惑ではないか。ダニーはそう感じました。

けれど、ずっと家の中に閉じこもっているダニーには少し魅力的にも感じる提案でした。

 

クリスチャンを村に招待したのは交換留学生のペレでした。彼はダニーの誕生日が村のお祭りの始まる日と同じだと知り、「ダニーにもぜひ来てほしい」と言ってお祭りの華やかな写真を見せます。そして、自分も両親を失ってしまったので君の気持ちが良く分かる。とダニーに寄り添おうとします。

 

ホルガ村につくと皆大歓迎をしてくれました。

「遠いところからようこそ。よく来てくれたね。」「お茶をどうぞ。ゆっくりくつろいで。」「足りないものがあったら言ってね。」

皆久しぶりに家族が帰ってきたように歓迎してくれます。

ペレもダニーがホルガ村の女性たちと同じようなワンピースを着て、花冠を付けている絵を誕生日にプレゼントしてくれました。

 

華やかなモニュメントのメイポール

黄色い三角の建物のような教会

大切な習わしの描かれている本

おそろいの白い服を着た村人

不思議な遊びをしている子供たち

あちこちで咲いている花と、のんびりとしている羊や犬、檻に入ったクマ

おとぎ話の世界です。

 

しかし村の人たちの文化はダニーには衝撃的なところがありました。

そのため、早く帰りたいと思ったり、自分だけホルガ村に置いて恋人たちが帰ってしまう悪夢を見たりしました。

 

一方クリスチャンは村の文化に興味津々で、それを題材に友達と協力して論文を書くことにしています。

 

恋人のはずなのに、クリスチャンとの心の距離を感じるダニー。

 

ペレはそれを感じて、「彼は君の心を支えてくれている?」と二人の心が離れていることを心配してくれます。

 

村の人たちは押しつけがましくなく、ダニーに寄り添おうとしてくれます。「一緒に料理を作らない? 」「このエプロンつけて。」文化の違いに戸惑っていたダニーですが、村の人たちは親切です。

なにより、彼女を余所者ではなく、家族のように接してくれているのです。

 

しかし事件が起こります。

クリスチャンの友人、マークが村の大切な木におしっこをしてしまうのです。村の人はかんかんに怒りました。

そして、村の女の子に誘われて、マークは姿を消してしまいました。

その時同時に、クリスチャンの友人の一人、ジョシュも行方不明になります。

彼はホルガ村の文化を学ぶことに熱心で、村の大切な習わしがかかれている本にも興味を示し、資料として写真を撮りたいと言っていました。しかしそんなことは許されません。

その本も行方不明になってしまったのです。

 

自分たちのグループで問題が起きてしまって申し訳なく思うダニー。

しかし、皆一方的に責めたり、余所者だからと差別しません。

 

落ち込んだダニーを村の女性がお祭りのダンスに誘います。

 

このダンスはお祭りの中でも大切な、村の女王メイクイーンを決めるための儀式の一つです。最後まで立っていた女性がメイクイーンになります。

もしかしたら大切な本を盗んだ仲間かもしれないのに、村の人たちはダニーを疑ったりしません。

一緒に大切な儀式に参加させてくれるのです。

ダンスはとても激しく、くるくる回ったりメイポールの周りを駆けたり、立ち止まったり。

ダニーは一生懸命見よう見まねで踊ります。

そのうちに、いつの間にかスェーデン語まで喋れるようになっていました。

気が付けば立っているのはダニー一人でした。

メイクイーンになったダニーを、村の人たちが祝福してくれました。ペレも驚き、とても喜びました。その中にダニーは亡くなったはずのお母さんを見ました。

 

ダニーは村の人たちとすっかり打ち解けていました。

 

彼女は女王として、村のお祭りで教会に入る人を選ぶ役割がありました。

教会に入るのは、クリスチャンか抽選で選ばれた村の人です。

この教会にクリスチャンが入ることは、クリスチャンと別れることを意味していました。

ダニーは、今まで自分の心の支えだったクリスチャンと別れる決意をします。

クリスチャンと別れたダニーは、大声で泣き、感情を解放し、そして最後にそっとほほ笑みました。

 

 

 

というのが、セラピー映画や恋愛ドラマとしてのミッドサマーの側面です。

この部分だけをぬきとると、あら不思議、こころ温まる映画になります。

 

しかし実際は

・来るものはドラッグで大歓迎

・72歳になると強制的に人生を終了させられる老人たちの飛び降り自殺儀式

・去る者は強制的に祭りの生贄

・よそから来た男を吟味して子種確保

・祭りの中盤イベント、教会に贄を入れて焼く(生死問わず)

 

という殺傷力の強い作品です。

クリスチャンの友人たちは殺されても仕方ない、もしくは禁忌を犯すように誘導されて誘惑に負けるという形で殺されているのですが、ダニーたちとは別に連れてこられた訪問者、コニーとサイモンは村の中での行動だけなら、秘密を知ったから殺されたというようにしか見えないため、とくにサイモンはそこまでされるの?と一番惨い仕打ちを受けています。

 

とにかく訪問者がひどい目に遭うのです。

 

ダニーのその後も、彼女がどんな扱いを受けるのか、映画の中では名言されていないのです。

メイクイーンになった女性たちがその後どうなるのか。祭りの最後で殺されるのではないか、という考察もあります。

ダンスの前にダニーは薬物の入った飲み物を摂取しているので、彼女が正気に戻った時に、クリスチャンを殺してしまった罪悪感を抱くのか、これまでの仕打ち(うわべの言葉だけでないがしろにされ、誕生日も付き合った期間もろくに覚えていなくて、村の娘と子作り)を思い出して清々するのかは分かりません。

が、監督曰く、これは一人の女の子の再起の物語なので、彼女はこれからホルガ村で幸せに生きていくのではないかと思います。72歳まで生きたら強制終了儀式があるのですが、ホルガ村の生き方に染まった彼女ならそれも喜びとして受け入れるのではないでしょうか。

 

やってることはカルト宗教ですが、これは、ダニーの再起の物語なのです。

 

 

 

劇場版メイドインアビスが気が付けばR15になっていた

今年初めて観た映画はメイドインアビス-深き魂の黎明-でした。

2回観ました。

何故か。

一回観ただけじゃ消化しきれなかったので2回観ました。

ついったーでは日参している人もいるので、私はまだまだです。

 

私は鬱アニメと名高い13話が公開されてから、原作を買って読んだのですが、その世界観に夢中になって読みふけりました。

この続きがアニメになるのは可能なのだろうかとハラハラしていたのですが、劇場で公開されたアニメの続きは文句なしに原作の魅力をいろんな意味で凝縮されていて、「誰がここまでやれと言った」と言いたくなるくらいのクォリティでした。

 

都内の劇場ではつねに満席で予約しないとなかなか良い席に座れないという状態が続いていました。

それくらい人気のある作品なのに、すすめづらいところがあります。

何故か。

ストーリーがシビアなんです。

鬼滅の刃を「おもしろいよ~。」と勧めるのはコミックス派で、本誌派は「お前はこの地獄に耐えられるか……?」と相手を吟味します。

可愛いイラストなのに、その内容はベルセルク。無慈悲な展開が押し寄せます。

 

メイドインアビス-深き魂の黎明-は、音楽が良い、美術が良い、キャラクターが良いというクォリティの高さがファンからも絶賛されているのですが、勧められないところがあります。

 

R15なんです。

R15と言えば、スプラッター映画でおなじみの表記です。

プリキュアのような可愛い絵柄でR15。性的な意味ではありません。ある意味性的な嗜好を感じる人もいると思いますが、この作品は全年齢で出すことができなかったんです。

ネタバレなしで言うと、原作に忠実に、人体損壊の描写があります。

原作を読んだ人はある意味R15になったことに、原作の忠実さが期待できほっと胸をなでおろしたのですが、同時に感じました。

これを全年齢で公開できると何故思った?

と。