三十路からのデスマーチ

何気ない日常がもしかしたら誰かの役に立つかもしれない。

最悪の奇跡と動物の絆と胸熱くなる兄妹の物語「NOPE/ノープ」

NOPE。日本人にはなじみのない言葉ですがニュアンス的には「ありえない」という信じたくないものに遭遇した時に発する言葉とのこと。

凡人ならもっと別の解りやすいタイトルをつけたくなりますが、知る人ぞ知るジョーダン・ピール監督はこの作品に「NOPE」と付けました。

ミッドサマーのアリ・アスター監督も観賞中に思わず言ってしまった「NOPE」。

クソださ邦題を付けられることなく、原題のまま「NOPE/ノープ」と付けられ日本にやってきた最悪の奇跡の物語。

ジョーダン・ピール監督の一作目は「ゲットアウト」は、「どこ観ても伏線がある!!」と考察廚にさながらウォーリーを探せに夢中になる子供のように気持ちよい伏線回収を与えてくれました。

「そんな頭使いそうな映画やだ。」

というイメージを持った方もいるかもしれませんが、NOPEは普通に、頭空っぽにしてみても、怖い映画でした。

怖い映画苦手な人が見たら雲のある空の下を歩きたくないレベルで後ひく怖い映画でした。

「NOPEは怖いのが苦手な人でも観れるよ!」

という人もいますけど、観れると怖くないは別の問題だということを教えてくれる作品でした。

NOPEには直接的に人が傷つけられるシーンはほぼないんですけどね、想像力を駆り立てる見せ方が本当にすさまじくうまい。

「え……じゃああの音って人が……。」

と想像したらもう嫌な気持ちでいっぱいになるシーンがもりだくさん。

しかしそれだけで終わらないNOPE。

圧倒的な脅威に立ち向かう兄と妹とディスカウントストアの店員の姿は見ていてハラハラドキドキ。

そして予告でもチラ見せされたあの作品のオマージュ。

ホラー苦手だけど考察大好きな人には文句なく楽しめる映画です。

 

以下ホラー部分のネタバレ

NOPEの主役といってもいいのが、雲に隠れた得体のしれない存在。仮称「Gジャン」。

最初は古来から使われてきた円盤スタイルの飛行船なのかと思ったのですが、主人公のOJは「あれ……生き物かよ……。」と気づきぞっとするわけです。

え、あれ生き物??としばし驚きますが、納得する行動パターンがあります。

木馬を本物の馬と気づかず食べてしまうのはルアーにひっかかる魚のようです。

手足がないので口ですーんと食べ物を吸い上げるわけです。

Gジャンの食べ物は馬や人間等の生き物です。

服やガーラントや木馬や車椅子なんかは消化できません。吐き出します。

大雑把に食べ過ぎて気持ち悪くなった時は吐き戻します。

進撃の巨人の巨人は消化できないので人間も吐き戻しますが、Gジャンはひっかかった無機物とそれにまざった体液を履き戻すくらいです。

このシーンが本当に最悪すぎてもう見ているほうも戻しそうです。

そしてこの作品の主人公たちとはほぼほぼ関わりないのですが、意味深に挟まれるチンパンジー

日本でもおなじみの動物タレントですが、その筋肉は人間の顔も簡単にもぎ取ります。チンパンジーにかかれば人間の肉体はちぎり蒸しパンのごとくもぎ取られます。

撮影中に風船の破裂する音に驚いてパニックになったチンパンジーが襲い掛かり、血まみれになったシーンはどれほどおぞましい状況なのかと、自分の想像力こそが恐怖だと教えてくれます。

そこに意味深に直立したサンダル。

もうこの先何が起きても不思議じゃないと思わせてくれる導入です。

二度と観たくないと思いつつ、ツイッターで考察を見るとまた観たくなるNOPE。

ちなみにIMAX版をお勧めする人が多いのですが、個人的にはクライマックスのあれとかIMAXで観るのに勇気がでませんでした。

 

 

 

 

映画ゲストと思ったらガチヒロイン「ワンピース/FILM Red」

ワンピース/FILM Redの予告を初めて見た時、歌手なのだろうということとは察しましたが、拳を握った横顔が勇ましくて女の子とは思いませんでした。

しかし出てきたのは「シャンクスの娘」「ルフィの幼馴染」「世界の歌姫」という「夢小説」という単語を知っている人が見た瞬間に「あいたたたたたた!!」と昔の古傷を抑えてしまうような設定。

かくいう私は「えらいこっちゃ……戦が始まる……。」と公開前から不安にかられました。

世界的人気漫画に突然はえてきた幼馴染の美少女。

しかも歌声担当が「うっせぇわ」でキッズから大人まで思わず口ずさんでしまう名曲を出した新時代の歌姫Adoさん。

Adoさんが、こんな可愛い「こんにちは~ウタだよ~☆」みたいな女の子の歌声担当するなんて、観る前から嫌な予感がする事前情報。

そして公開が近づくにつれてどんどん出てくる楽曲担当者。

若者に人気のアーティストからオタクが大好きな作曲家まで……え、FAKE TYPE.?? 何故???? え”!!!???

そんな何が何やらわからない次元に突入していきました。

公開前からは「こんな設定映画限定のゲストキャラでだして大丈夫か尾田っち。」「人気歌手を入れれば売れるなんて見通しが甘いんじゃないか」とファンがハラハラする中公開された映画。

劇場に足を運び、劇場を後にしたものは「甘かったのは自分たちの方だった……。」と沈痛な面持ちで語るのです。

そしてあるものは語ります。

映画の真のヒロインはシャーロット・ブリュレだったと。

まだ映画を観ていない人になるべくネタバレなしで伝えるなら、本作「ウタ」は映画のゲストキャラではなく、映画の主人公と言っても過言ではない存在だったということ。

映画を観れば誰もが「これはうっせぇわのAdoさんじゃないといけなかった。」と思えるような存在だということ。

そして、彼女は間違いなく尾田先生が生み出したワンピースのキャラクターだということ。

「誰がここまでやれと言った……。」

とウタの魅力に心に傷を負う人まで続出。

どうすればよかったのか。

アニメオリジナルストーリーのゲストキャラでよくある、ラスボスに操られてとか、騙されてとか、そういった逃げ道を信じていたんです。

冒頭の「私の歌で皆を幸せにする!」を、夢と希望を信じるキラキラしたヒロイン特有のまぶしさから発する言葉だと思っていたかったんです。

違うんですよ。

ウタは追い詰められていたとはいえすべて自分で決断し、彼女の善性の信念をもって行動したんです。

彼女の不幸は、彼女の罪悪感を認めてそばにいてくれる人がいなかったこと。

自分の責任ではなくても、彼女の価値観ではそれは罪であり償わなければいけないことであり、逃げ出したいほど怖いものだったのです。

しかしウタの二人の父親は二人とも、そんな出来事を彼女に忘れてほしかった。幼いウタには罪のないことで、前を向いて歌い続けてほしかった。そんな優しさのすれ違いが結果的にウタという少女を苦しめて、選択をさせてしまった。

 

映画限定のヒロインに追わせていい業じゃない!!

 

人類の7割が射程範囲って……進撃の巨人のエレンが最終的に滅ぼした人類が8割!あの指パッチンおじさんことサノスでさえ5割だったのに……。

 

今回の作品は「ワンピース映画ではない」けれど「間違いなくワンピースの作品」という異常な映画でもあります。

ワンピース初心者も、ワンピース玄人も、あまりにもな情報量に発狂間違いない本作。ぜひともワンピースを愛するすべての人にみていただきたい作品です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネタバレなしで言うなら、すでに公開されているMVのウタカタララバイを観てから行くと「ちくしょう!映画なのに容赦なくやりやがった!!」という気持ちになります。

 

死別の苦しみを描く「ソー:ラブ&サンダー」

※結末についてのネタバレが含まれます。

 

MCUのコメディ担当、タイカ・ワイティティ監督が担当したマイティー・ソーシーリーズの四作目にあたる「ソー:ラブ&サンダー」。タイトルを観た時に「はいはい、サンダーは雷神のソーでラブは元カノジェーンね。」と思わせておいて「とんだ愛の物語だった……。」と観た後空を見上げたくなるような作品でした。

タイカ・ワイティティ監督はMCUだけでなく、デッドプールが「暗い奴だな。さてはお前DC出身だな」とこするライバル会社のDC作品も手掛けたりしています。

そんな監督が打ち出した本作はジェットコースターに乗っているような感情の起伏の激しい作品でした。

まず冒頭で本作のヴィランの誕生が描かれるわけです。

バットマン至上最も重厚で美しいブルース・ウェインを演じた、クリスチャン・ベールです。あのイケメンが見る影もないからっからに乾いたゾンビみたいな外見になります。

本作のヴィラン、ゴアがヴィランになる前は、安住の地を求めて幼い娘を抱えて砂漠をさまよう一人の父親でした。

何度神に祈っても救いはなく、最後に娘は父の腕の中で「疲れた」と言って息を引き取るわけです。

「おなかが空いた」でも「のどが渇いた」でもなく、そんなことも感じられないほど疲弊しきった娘を抱いて響くゴアおじさんの慟哭は思い出しただけでも泣けてきます。

来世の幸せを信じて神に祈ったのに、その神に「来世なんてない。」「信者は他にもいる。」と否定され、ゴアおじさんはすべての神を殺す神殺しの道を歩むわけです。

そして場面は変わり、今までのソーのダイジェストです。

あれほど悲しい死別を見せておきながら、数秒ごとに死んでいくソーの仲間がダイジェスト放送。

弟のロキは三回くらい死んでます。

日本が誇る名優浅野忠信が演じるホーガンの時だけ「こいつ知らね」とナレーションされ、ポップコーンをスクリーンにぶつけたい気持ちをぐっと抑える、日本の鑑賞者は多かったのではないでしょうか。

ダイエットに成功したソーはGotGのみんなと別れて、身体が岩石でできたクロナン人のコーグと、ものすごくうるさいヤギ2頭と一緒に神殺しのゴアおじさんを追いかける旅に出ます。

ちなみにコーグはご両親が二人ともお父さんで、クロナン人は男性同士も溶岩の上で手をつないで一緒にいると子供をつくることができるそうです。とてもロマンチックです。

ドクター・ストレンジMOMに出てきたアメリカちゃんのお母さんたちも、湖の上で手をつないだりしてたのでしょうか。とてもロマンチックです。

その頃、ソーの元カノジェーンは、癌にむしばまれていました。

ステージ4の絶望的な状況で、彼女は粉々になったソーのハンマーに呼ばれ、二人(?)で新しいソーとして活躍していました。

この二人の再会で、物語に「元カノとよろしくやっているハンマーにちくちく未練たらしく嫌味を言うソーの背後にそっと現れる新しい相棒の斧」という複雑な四角関係ができあがるわけです。

MCUはストレンジ先生のマントといい、物言わないのにクセの強い無機物キャラが魅力的です。

ゴアおじさんは新アズガルドで子供たちを攫い、無意味に子供たちを怖がらせたりしながらモノクロの世界へ行きます。

ソーは元カノとアズガルドの国王ヴァルキリーを連れてゴアおじさんを追いかけます。

神の代表、神OF神のゼウスに助けを求めるのですが、全裸にされてしまいます。

ゼウスに援助を断られましたが、ぽよぽよのラッセル・クロウのチアリーディーングを観ることができました。でも怒ったゼウスはコーグをばらばらにしてしまい、コーグは顔面だけになってしまいました。

ゴアおじさんをやっつけるために、とりあえずゼウスの持ち武器を借りる、というか強奪します。

ここでゼウスの連れていた美女の手の甲を取り、キスをするヴァルキリーという、ヴァルキリー夢女子を量産する以外に必要性がないシーンが挟まれます。

この一瞬だけ何の映画を観ているのかわからないくらい胸がときめいてしまった人も多かったのではないでしょうか。

なんやかんやあってゴアおじさんの手に踊らされてしまったソーは、腎臓をやられたヴァルキリー、癌のぶりかえしで倒れたジェーンを連れて地球に戻ります。

別れたのに、ジェーンの命があとわずかと知り、とてつもない悲しみのあまり自動販売機を殴りつけるソー。

手紙一つで別れたジェーン。

三部作には振られたというセリフだけで一度も出てこなかったナタリー・ポートマン

でも彼女が死んでしまうとなると、ソーはその絶望と悲しみで、彼女が望んでも一緒にゴアおじさんをやっつけに連れていくことはできませんでした。

あれだけ仲間の死をダイジェストで描いていたのに、本作では「死別」の苦しみ、悲しさ、残される方の絶望を克明に描くのです。

本作は、家族の愛、恋人との愛、仲間たちとの愛、そして親子の愛を描いています。そしてその愛を失くすことの苦しみ、切なさ。

まるで「死ぬことよりも生きることのほうが切なく苦しい」と語る様に。

なるほど、最初の雑な死亡シーンダイジェストにはそういう意味が……。

いや、ホーガンに雑なナレーションを付けたことは許しませんからね???

果たしてゴアおじさんから子供たちを救い出すことはできるのか。

そしてジェーンとソーの結末は。

ぜひともハンカチと一緒に劇場に行ってほしいです。

 

ちなみに本作、あちこちに中の人のご家族や友人が出演しています。

幼い頃のソーは、ソーの中の人クリス・ヘムワーズの御子息です。劇中劇でソーを演じるのは中の人のお兄さん。そして、ロキを演じるのは友人マット・デイモンマット・デイモンの無駄遣いも愛だから許されるのです。

さらに作中で中の人の奥様やご息女も出ているとのことなので、ぜひとも探してみてください。

なんていうか、某サメ有名映画レビュワーの方が名付けたワスカバジシステムに近いものが搭載されてます。

しかし、身内をかき集めたからこその、スクリーンにもにじみ出る愛が込められているのです。

 

以下結末のネタバレ

本作は、神に見捨てられたゴアおじさんが、神に復讐する物語でした。

ゴアおじさんは大切な、自分がどんなに苦しんでも失いたくなかった娘を失ったのです。

ゴアおじさんは神殺しの剣にむしばまれ、剣を手放せばすぐに死んでしまいます。

自分の寿命はいらないのです。

自分たちの祈りに応えず、救わなかった神を全て殺すこと以外、自分の命の意味がないのです。

しかし、すべての神を殺そうと願おうとしたときに、ソーに言われて立ち止まるのです。

本当の願いは復讐ではなく、娘の幸せだった。

願えば娘が戻ってくると知ったゴアおじさんは、憎しみのためではなく娘のために躊躇します。

もう自分には寿命がない。

娘にも孤独を味合わせるのか。

神殺しの娘としられたら迫害され、追われるのでは。

生き返らせた娘はまた惨い目に遭うのでは。

もうゴアおじさんの頭の中は娘のことでいっぱいです。

そんなゴアおじさんにソーとジェーンが「一人にしない」というのです。

ゴアおじさんの信じた神は、ゴアおじさんを救ってはくれませんでした。

けれど雷神のソーが、ゴアおじさんを救ってくれたのです。

そしてジェーンは光の粒になって消え、ソーは彼女の意志を尊重します。

結末では、コーグは実家に帰り、ボーイフレンドと共に子供を作り、ヴァルキリーは戻ってきた子供たちに戦い方を教えます。

そしてソーは新しい仲間と共に、平和を守るため旅に出るのです。

ラブ&サンダーのタイトル回収も済ませて、MCUのエンディングの後の次回予告もはさみ、幕を閉じます。

 

ちなみに私は作中もっとも存在感のあった、もっともどうでもいい二頭のヤギがどうなったのか覚えていないので、もう一度観に行こうかと思っています。

 

 

 

 

 

呪いが解ければ幸せとは限らない「犬王」

森山未來と女王蜂のアヴちゃんが主人公を務める、ファンタジー能楽エンターテイメント作品「犬王」が公開されました。

私は平家物語は壇ノ浦の合戦の下りくらいしか把握していないのですが、それでも十分楽しめました。

ただ、思ったよりもバイオレンスでした。そこもまた時代劇的。

森山未來さんは割と幅広い年齢の方がご存じかと思うのですがと女王蜂のアヴちゃんさんはご存じない方もいるかと思います。

女性的な美しい高音と男性的な重厚な低音の歌声をもつ歌手として根強い人気のある方なのです。

犬王は実質この二人のライブでした。

映画館の音響で聞く二人の歌声は映画を観に来たのかライブを観に来たのか一瞬忘れてしまいます。

二人の野外ライブを生で観れた観客たちがうらやましい。私も生で観たかった……。

友魚は琵琶法師ですが髪を伸ばし、女性物の着物を着て、化粧をしています。どうりでなんかきれいになったと思った。

犬王アヴちゃんが酒瓶を口元に持って行くのですが、二人はこうしていつも飲ませたり飲ませてもらったりしてたんだなとわかる息のぴったりさ。そして酒瓶の口元につく口紅のなまめかしさ。

歯並びはそのままなのが逆にリアル。皆で拳を合わせるシーンでは犬王の動きについていけないところが「あ、みんな目が見えないんだな……。」と気づきます。

 

中の人のファンなら、推しのライブと思って文句なしに楽しめると思います。

 

では映画としてどうなのか。

映画として。

正直な感想を言うと、映画としては人を選ぶ作品です。

キャラクターデザイン。ピンポンや鉄コン筋クリートで名高い松本大洋先生が携わっています。素朴で温かみのある絵柄ですが、映画ではどこか生々しく、アニメというよりは実写に近いのです。

そしてストーリー。

原作を未読なのであくまで映画だけの感想になるのですが、この映画の中の主人公、犬王と友魚は、幸せな結末を迎えたわけではないのです。

 

まず友魚。

平家の宝を見つけてしまったばかりに、権力者にいいように扱われ、父を失い、視力を失い、母の死に目にも会えませんでした。

彼の父は「名前を変えるな」と言い続けますが、友魚はその時に合わせて自分の名前を変えます。その名前はどれも彼にとって大切なものでしたが、名前にしがみついた彼は無惨な最期を遂げ、結局彼が最後に名乗ったのは自分が生まれた時に持っていた名前でした。

そして犬王。

生まれた頃から醜く人間とは思えない姿かたちに生まれてしまった彼は、名前も与えられず犬のように地べたを這い、地べたで眠っていました。

舞うごとに彼の身体は人に近づいていき、最後には人に戻れたのに、友魚を失ってしまいます。画面に映る彼は面をかぶっていた時よりも生気のない、能面のような表情でした。彼の生涯はこれからもつづいていきますが、映画の中で見せる素顔は幸せとはいいがたいのです。

逆境を乗り越えて昇り詰めたはずの二人に訪れた、別れと悲しい結末に、観終わった後は何とも言えない、良かった、だけでは済まない、心がしくしくするような気持ちになります。

 

本作では、二人の物語が結局は権力者の都合で握りつぶされるという展開になっています。

友魚に希望を見せてくれた物語が、犬王の呪いを解いてくれた物語が、自分の治める世には不要だと足利義満に消されてしまうのです。

物語に救われてきた者にとって、これほどつらい展開はないかと思います。

これまでの二人の頑張りに胸熱くしていた観客はげっそりとした顔で終盤を観なければなりません。

今まで歴史の教科書くらいでしか認識していなかった足利義満のことものすごく嫌いになりましたもん……。

しかし同時に、歴史にちらとしか名前のない「犬王」と、彼の声を多くの人に届けるために奔走した友魚の絆を確かに感じるストーリーと、アニメならではの幻想的な能の舞台が美しく、忘れられない作品になることは間違いないのです。

 

さて、この映画。

キャラクター担当の松本大洋先生ファンと湯浅監督ファンには大変好評であり、ファンアートがたくさん描かれています。

そしてこの作品、ファンアートや感想を求める人たちを大いに悩ませることになります。

そう、検索ワードです。

友魚は物語が進むにつれて、友一、友有と名前を三つ持っているのです。

「名前を変えちゃいけんー!!」と友魚のお父さんが死んでも気にしていた友魚の名前複数所持問題。

犬王も死後も友魚を探し続け、彼の魂を見つけるまでに大変時間がかかるのです。

名前を変えたばっかりに。

そんな犬王の気持ちを疑似体験できる同行の志探し。

そこまでしてみたいのかと言われれば、みたいのです。

こちとら作者さんが自作のホームページに隠した隠しリンクを探すことに青春を費やした身。名前検索だけで見つけられるのであればむしろありがたいのです。

 

 

 

 

注目映画「LAMB」のアダちゃんが日本に来日


www.youtube.com

映画ミッドサマーみたいな可愛い花冠を付けた可愛いアダちゃん。

羊の女の子でお父さんとお母さんと一緒にお山のおうちで暮らしています。

そんなアダちゃんの映画は2022年9月23日に日本でも公開が決まりました。

来日して抹茶アイスを食べているアダちゃんの可愛い姿がツイッターで絶賛され、小島秀夫監督も「可愛い~」と絶賛。

 

いやほんと可愛いな。アダちゃん。

映画の予告は終始不穏なのに。

当初LAMBはカンヌが衝撃を受けたという煽り文句と共に、ミッドサマーやヘレディタリという日本人の心にアリ・アスターというトラウマを植え付けた制作会社がお届けしますと語っていたんですよ。

それが突然「見て!この映画にはサンリオにでてきそうな可愛い羊の女の子がでてくるんですよ!!」と大きく舵を切ったのです。

舵きりすぎて豪華客船がひっくりかえるレベルの切り方。

ちなみにLAMBはすでに海外で公開済のため、探せばネタバレも含めた日本語の感想を読むこともできます。

ネタバレを知らずに濃縮された不穏を飲むのもよし、心の準備をして挑むもよし、可愛いアダちゃんを心の支えに観るのもよし。それまでは何回公式が舵を切るのか見守りながら待ちわびようじゃありませんか。

忖度しねぇ!ホラーMCU「ドクター・ストレンジ2」

ドクター・ストレンジマルチバース・オブ・マッドネス。

公開からずいぶん経ちました。

さすがに何を言っても「あーああ、ネタバレされたから観る気無くなった」と言われないかもしれないと思います。

そもそも、ドクター・ストレンジマルチバース・オブ・マッドネスは、ネタバレされても展開の意外さにネタバレを忘れてしまうくらいの衝撃がありました。

でもなるべく、まだ観ていない人には私と同じ「はあああああ!!!????それやっちゃうの!!!!!????」という気持ちを持ってほしいので、気になっている人は少しでも早く観てほしいと思います。

 

今回はかなりホラーテイストです。だってサム・ライミ監督がMCUが許してくれるギリギリまでホラー演出を加えてるのです。

冒頭から大きな大きな目玉ちゃんが襲ってきます。ヒーローがぎりぎりしてはいけない退治の方法に冒頭からサム・ライミ監督の洗礼を受けます。

え……あれ、MCUはOK出したの? と冷静に考えればかなりぞっとしてしまうところがありますが、マーベルがOKを出したので無事公開されたわけです。

今回の作品はスパイダーマンに引き続きマルチバースがテーマです。

そう、別の世界からやってきたスパイダーマンたちは助け合い、励まし合い、困難を乗り越えたのに、別の世界からやってきたストレンジ先生は一応助け合ったり、かなり足を引っ張り合ったり、むしろ命の取り合いをしたりします。

なんで仲良くできないの!!?そんなに自分がメスを握らないと気が済まないの!!?

そんなストレンジ先生と敵対するのが、一緒に指パッチンおじさんをたこなぐりにしたはずのワンダ。いえ、彼女はもうワンダではなく、マルチバースのどこかにいる自分の子供を求めて戦うスカーレット・ウィッチなのです。

いやいやいや、ピーターがあんなつらい目にあってまでマルチバースを封印したのに、どうしてマルチバースに行き来してるの? 

そう思った方もいるでしょう。

今回は何故だかマルチバースを行き来できるフォーリナーアメリカちゃんがいるのです。

彼女は演出をミスればダサいことこのうえない、大きな星型の世界を行き来するためのトンネルを作り出すことができるのです。

マジで星型なのにちょっとおしゃれでスタイリッシュに見えるのすごい。

「前の世界のストレンジのほうが良かった。」

とストレンジ先生をディスったり、

「ピザにお金払うの?なんで?変なの。」

と貨幣制度を無視してピザをもぐもぐするアメリカちゃん。スカーレット・ウィッチが怖い分、彼女の天真爛漫さはむしろ救いです。

スカーレット・ウィッチはありとあらゆる不幸から自分の子供たちを守るために、マルチバースの無限の可能性を手に入れようと大暴れ。

むかうところ敵なしの彼女は、マルチバースにいるヒーローを虐殺していくのです。

マルチバースのヒーローを。

四人で活動するヒーローチームや、突然変異の子供たちを集めて学校を作った先生、そしてあんなヒーローのもう一人の姿や、あの人気ヒーローの女体化まで。

ランニング中の揺れる雄っぱいで多くのファンを魅了したあのヒーローが金髪美女になって登場した姿には、思わず「ええやん……。」と思ってしまいました。

でもスカーレット・ウィッチは躊躇しません。

歴史のある大先輩ヒーローでも容赦なくゴムの塊に変えていきます。

いや、これ本当にMCU許したの? と不安になるくらいどんどん殺されていきます。

そして逃げ惑うアメリカちゃんとストレンジ先生と別世界のストレンジ先生の元カノをホラー映画のモンスターのように追いかけるスカーレット・ウィッチ。

ついにアメリカちゃんが捕まってしまいますが、ストレンジ先生の最低最悪倫理観皆無の作戦が火を噴くのです。

いやこれ本当にMCUがヨシ!って言ったの? と画面を見ながら茫然とする観客を置き去りにして、サム・ライミ監督のサム・ライ味が特濃で襲ってくるのです。

最後の最後はMCU名物のエンドクレジットの後のおまけを見せて、ストレンジ先生の次回作をこうご期待!で終わります。

劇場を後にした人は誰もが思ったことでしょう。

本当にMCUこれ出してよかったのか? と。

 

そんなMCUの次回作は雷様のソーの新作になります。

ソーのヒロイン、ジェーンが帰ってきます。

予告映像では何故か元彼のコスプレをしています。レオン時代のナタリー・ポートマンを知る者は成長を感じずにはいられません。

さらに豪快に脱いだクリス・ヘムワーズの全裸にファンは阿鼻叫喚。なによりソーのファンは「背中のタトゥー弟じゃねぇか!!!!」と叫ばずにはいられなかったことでしょう。

ホラーの次はコメディなのか。温度差で風邪をひきながらも、ファンはついていくのです。

 

 

人は強いということを教えてくれた「シン・ウルトラマン」

ウルトラマン。今までちゃんと見たことないけどシン・ウルトラマンは観てみたい。そんな風に思わせてくれるだけでもう成功しているのではないかと思います。

公開初日こそ「シン・ゴジラみたいなのを期待して行ったらがっかりした」という声もありましたが「ゾーフィって誰? 」と興味を持った人や「シン・ウルトラマン……私の好きな言葉です……。」と山本メフィラス構文をさっそく使う人もいました。

そして、庵野監督ファンの方たちからは「エヴァは、ウルトラマンだった……?」と綾波レイと、ウルトラマンと融合した神永新二の類似点に震撼したりしました。

私もウルトラマンはふわっとした知識しかなく、昨今の新しいウルトラマンは全く知りませんでしたが、シン・ウルトラマンは一本の映画としてきれいにおさまり、とても楽しく観ることができました。

中でも、公開前は「アイドルに忖度したのかよwww」と言われていた有岡大貴さん演じる滝明久というキャラクターは多くの人に「こんな俳優さんがいたなんて……。」と驚き記憶に残るほど、素朴で魅力的な、キャラクターでした。

 

シン・ウルトラマンの世界では、すでに多くの怪獣が訪れ、日本は自力で撃退していました。

怪獣撃退のための組織、禍特対で青年滝くんは日本のために働いていました。

ある日やってきた銀色の巨人が怪獣をささっと片付けてくれて、さらにやってきた外星人、観客の心をわしづかみにするほど紳士的なふるまいをするメフィラス星人に科学力の力を見せつけられて、「もう人間にできることなんかないじゃないか。」とストゼロを飲んでしまいます。

けれど心の底では、滝くんは「ちくしょう!」という気持ちを抱えていました。

「どうすりゃいいんだよ!」「でも負けたくない!」「どうしたら勝てるんだ!」そんな気持ちを彼の背中はにじませます。

斎藤工演じるウルトラマンは、小さな人間が一生懸命生きている姿を見て、彼らを知りたいと思いました。本を読み、会話をし、彼らを知ろうとしました。

滝くんのことももちろん見ていました。

だからそっと微笑んで、光の星のものすごい科学技術のつまったUSBを託すのです。

珈琲ももってこれなかったのに!!

ストゼロを飲んでいた滝くんは同僚の生物学者、船縁さんからそのことを知らされ、ストゼロ飲んでる場合じゃねぇとパソコンに向かうわけです。

あんなに心折れていた滝くんが!!

シン・ウルトラマンは、ウルトラマンがとにかく強いのですが、最後の最後は希望を捨てなかった人間と一緒に脅威に立ち向かっていきます。

命を投げ出し、人間を守ろうとしたウルトラマン。彼の人を知りたいという気持ちが「そんなに人間が好き」なのだと教えてもらうシーンは「ウルトラマン、ありがとう……。」と涙が思わずあふれてきます。

そして流れる「M八七」のなんと美しいこと。

「光の国からぼくらのために、きたぞわれらのウルトラマン」という日本人なら聞いたことのある歌が、解釈バトルでは負けなしの米津玄師のフィルターを通せば、「君が望むならそれは強く応えてくれるのだ」になるのです。

どんな人生を送ってきたらこんな歌詞とメロディ―が出てくるの??

 

シン・ウルトラマンは不思議なことに、観終わった瞬間はいろいろ思うこともあるのですが、なぜか後に徐々にじわじわと心にしみてきて「もう一回」と思えるような作品になってきます。

私ももっと知りたいと思い、予告の頃は一回も訪れなかった公式ホームページに行き、制作陣の名前を見てみました。

企画・脚本はオタクなら知らぬものはいないと言われるほどの人、庵野監督。そして監督は樋口真……え? あの原作ファンからぼっろくそに叩かれた実写版進撃の巨人の人!?しかもその時の批評に対するコメントで炎上してたの?

あれだけ叩かれた作品に監督として携わっていて、また巨人ものの実写版映画で監督を務めるなんて……すごいなぁ。

 

まぁ進撃の巨人は原作ファンがブチ切れたのがストーリーの部分で、後年原作者の諫早先生がものすごいアプローチをかましてお願いして脚本を書いてもらったことが発覚し、誰が被害者なのかわからなくなりファンも困惑したという歴史がありますので……。